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相変わらずこの街は人が多い。
渋谷のスクランブル交差点に立って、そんなことを思う。日曜日なのに制服姿の女子高生、スーツ姿の会社員、上を見上げても広告が所狭しと掲げられていて、この街は景色が縦に長いと思った。


「狗巻先輩?」
「ツナマヨ」

デジャヴを感じた。あれはいつだっただろう、あの時は釘崎野薔薇に声を掛けられて色々あったことを思い出す。なまえは一人なのだろうか、気になって周りを見回すが、なまえ以外の姿は見えなかった。いつも誰かしらが周りに居るイメージがあったので、少し不思議に思って尋ねてみることにした。


「高菜?明太子?」
「今日は野薔薇と買い物来てたんですけど、野薔薇は任務に行っちゃって、暇だから帰ろうとしてたところです。狗巻先輩は?」
「ツナツナ」


髪を切りに来た、そう告げるために髪を触ってピースをした。「あんまり変わってない」って残念な言葉が聞こえて来たけど、それもそうだ。伸びた分を1センチ2センチ切って貰っただけなのだから。
二人で立ち話をしていると、なまえが誰かにぶつかられてよろけた。それを支えながら、「昼食べにいく?」と声を掛ける。いつまでもこの場所に居たら、なまえがまた人にぶつかられてしまいそうだったから。こんなに目立つ髪色をしてるのに、どこを見て歩いているんだろう。目が悪いのだろうかとイラついた。


「狗巻先輩のおごりですか?」
「おかか」
「え〜かわいい後輩に奢ってくださいよ」
「……しゃけ」
「冗談ですって。でも、野薔薇と行きたいねって言ってたお店があるんですけど、そこに行きません?」

キラキラと笑うなまえが眩しかった。この騒々しい街に居ても、どうしようもなく特別な存在に見える。あぁ、可愛いんだと理解するのに、それほど時間は掛からなかった。妹のように家族のように、ただの後輩に抱える感情以上のものを持っているんだ、自分はなまえに対して。


「スイーツがおいしいって評判のところなんですけどね」
「高菜」
「半分こすれば太りませんから!」
「ツナツナ」
「狗巻先輩はもう少し太ったほうがいいですよ」
「おかか」
「ひどーい!」


バシバシと無遠慮になまえが肩を叩く。「怒った顔もかわいいよ」と伝えると、「なに言ってるんですか」と呆れ顔を見せる。なまえが居るだけで何気ない毎日が色づきだす。ずっと変わらないでいて欲しい、なまえは。これからどんな悲惨なことがあっても。そう願わずにはいられなかった。