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前髪を切り過ぎてしまった。
本当ならいつもみたいに野薔薇に切って貰えばよかったんだけど、切りたい!邪魔!って思ったのが夜23時だったのだから仕方ない。切り過ぎた前髪を隠すために「寒いから」と理由をつけてニットキャップを被っていったけど、授業中もずっとそうしているわけにもいかなくて、あっという間にクラスメイトにバレた。

けど、意外にも短い前髪のわたしを見て笑ったのは五条悟だけだった。「なまえ、なにその前髪!」と手を叩いて爆笑された時には殺意が湧いた。でも、わたしは心が広いから許した。小学生みたいな煽りには負けなかった。
恵は安定のスルー。恵ってスルー検定一級持ってるんじゃないのかな。いつも思うけど。野薔薇は「次からは私にやらせな!何時になってもいいから!」と言ってくれた。相変わらずの男前。結婚して欲しい。

そして、意外中の意外だったのが、悠仁だった。

「俺は好きだよ」とヘラっと笑ったかと思うと、「だって、なまえのキレイな目がよく見えんじゃん」と言ってのけたのだ。このセリフにみんなどこから出したのか、10と書かれた札を掲げた。今日からわたしは悠仁のことを『天然人たらし』と呼ぶことに決めた。

その後、五条悟にはとりあえず全員で非難の言葉を投げつけた。悠仁ですら「先生あれはひどい」って言ってたから相当だ。「本当のこと言っただけなのに」ってボヤいていたけど、野薔薇が「乙女心というものを学べ」と金槌で殴ってくれたのですっきりした。



「なまえ」

昼休みになってすぐ恵に呼び止められた。「なに?」と振り返ると、「ちょっと」と言われて人気のない場所に連れ出された。


「あの、あれだ、あれ」
「え、なに?」
「それ、……悪くない」
「へ?」
「だから、前髪短いのも可愛いって言ってる」


珍しく恵の白い肌が火照ったように赤く染まっていた。わたしの目も見ずに言ったその言葉は、本当の気持ちなんだろうってことが伝わってきて嬉しくなった。照れ隠しのためにニットを深く被りなおして、「ご飯食べに行こう」と恵に伝える。


「なまえまた昼から肉食うんだろ」
「え、恵は食べないの?」
「なまえほどガッツリは食わねぇよ」
「だから細いんだよ〜」


恵がくれた言葉が嬉しくて、ゆっくり歩く恵の前をくるくる回りながら進む。ふわり、スカートがわたしの心を映したように風に舞い上がる。スルー検定持ってるなんて言ってごめんね。今度から恵のことは『天然じゃないほうの人たらし』って呼ぶね。