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木々が花の代わりに緑色に色づいたころのこと。
七海さんが木の下で遠くを見ていた。こういう時に声を掛けるのは下世話かなと思いつつも、桜に七海さんと取られたような気持になって、思わず「七海さーん」と声を掛けてしまった。


「なまえさん」
「七海さん、これから任務ですか」
「いいえ、この時期が一番好きだなと思って眺めていたところです」
「花もう残ってませんよ」
「はい、それがいいんです」


七海さんの考えていることは時々難しくてよくわからない。分かりたいと思うけれど、まだ15年、七海さんの半分程度しか生きていないわたしにはそれを図り知ることなんてありえなくて、一緒に上を見上げて緑色の葉が茂る木々を眺めた。


「そういえば、この前七海さんに借りた本面白かったです」
「そうですか、それはよかった」
「七海さんセレクトの本、わたしは好きです」
「好きと思って貰えてうれしいです」


七海さんと一緒に過ごす時間は穏やかだ。雰囲気がすごく好きで、時間を忘れてしまいそうになる。背中に武器を携えているなんて、言われなきゃわからない。昔はサラリーマンをしていたって話も頷けてしまう。


「また七海さんのおすすめ教えてくださいね」
「分かりました。私からも一つお願いしてもいいでしょうか」
「なんでも言ってください」
「なまえさんのお勧めも私に貸してもらえませんか?」


心臓がギュンと音を立てた。大好きな人が、私の好きな本を読んでくれるなんてこれ以上の幸せがあるのだろうか。そんな幸せをわたしは知らない。認められたような気持ちになった。自己肯定感が満たされていくような気がする。


「ブックカフェってご存知ですか?」
「行ったことはないんですけど、名前だけなら」
「今度一緒に行きませんか?なまえさんとなら楽しそうだ」
「行きます行きます」


ちょっとうるさかったかもしれないと思える返事を返したのに、七海さんは呆れるでもなく微笑んで「連絡しますね」と返してくれた。これはデートなのか?デートなのでは?デートですよね??三段活用してしまうほど心は躍ってしまって、これじゃあデートしたことないことがバレてしまうと思って口元を手で覆った。


「自分以外の人間を連れて行くのは初めてです」
「わたしでいいんですか?」
「なまえさんだから連れていきたいと思ったのですよ」


七海さん、わたしも今の季節の桜が好きになりそうです。七海さんとの幸せな思い出が出来たから。きっと、七海さんも桜の木を見て、思い出していたんですよね。素敵な思い出を。