今日は一日色々あったせいか、眠れなかった。
野薔薇ちゃんはインパクトがすごかったし、虎杖くんは宿儺に代わってくれないし。一日五条悟と過ごさなきゃいけなかったのが、一番辛かった。あの目が、自分と同じなのに全然違うあの目が好きじゃないから。

あまりに眠れなくて、少し身体を動かしたら眠れるかなと思って散歩に行くことにした。まだ6月だから山の上にある高専は夜になると肌寒い。黒いパーカーを羽織って外に出た。外は真っ暗だけど、月明かりで歩くのに不都合はなかった。


「なまえ?」
「あ、虎杖くん」
「悠仁でいいよ」
「悠仁?」
「そうそう、おれもなまえって呼んでるし」
「じゃあ悠仁って呼ぶね」

宛てもなく歩いていたはずなのに、人間の本能なのだろうか、自販機のある場所を目指していたらしい。先客の虎杖悠仁は人懐っこく笑った。


「東京やべぇな、建物高くて目が疲れて全然寝れねぇの」
「わたしも、今日一日はしゃぎ過ぎて寝れなくて」
「じゃあ少し話す?」


コーラのペットボトルを持った悠仁は、ベンチを指さす。わたしもパーカーのポケットに入れっぱなしだった小銭でミルクティーを買って後に続いた。先に座っていた悠仁はベンチの背もたれに寄りかかって空を見上げていた。


「ここの景色は宮城とあんま変わんないな」
「あ、そういえば悠仁って仙台から来たんだったね」
「そうそう、五条先生に君死刑ねって言われてさ、でも執行猶予があるからとか言われて」
「連れてこられたってことか」
「うん」
「知らないことだらけで不安になったりしないの?」
「そういうのは全部仙台置いてきた」

ニカっと歯を見せて虎杖悠仁は笑った。ひらりひらりと葉っぱが舞い落ちてきて、悠仁の表情を隠した。葉っぱが顔に掛かっていたのは、一瞬のことだった。けれど、次に見えた悠仁の顔には先ほどまではなかったものがあった。暗がりではっきりとはしないけれど、どう見ても目と口に見える。


「悠仁、ほっぺ変だよ」
「変とはなんだ、失礼だな」
「え、悠仁声違う…」

ぺち、と音が鳴るほどの強さで悠仁は自分の頬を叩いた。「ごめん、今喋ってたの俺じゃない」と何もなくなったほっぺをぽりぽりと掻く。見間違いだった?聞き間違いだった?


「…宿儺」
「え、」
「さっき喋ってたの宿儺だよ」
「待って待って、え、待って」


何もなくなってしまった頬を眺める。どれだけ見ても、口や目はない。せっかくの宿儺との出会いがこんな風だなんて想定してなかった。落ち込んでしまう。わたしは宿儺のことを知らなすぎる。たくさんの文献読んで、知った気でいただけだった。その声も風貌も、全然わかっていなかった。


「百聞は一見に如かずだねぇ」
「ん?」
「ううん、悠仁改めてよろしくね」
「…?なんかわかんないけど、よろしくな!」


けれど、わたしはまだまだ知ることが出来る。まだまだ近づくことが出来る。宿儺はこんなに近くにいるのだから。