37

のぼせそう、と野薔薇に言ったものの、もう既に手後れであったと気づいたのは、お風呂から上がった後だった。野薔薇に手伝ってもらって、何とか服は着れたものの、脱衣所に置かれた椅子から動けない。あしたのジョー状態。そんなわたしを見兼ねて、野薔薇が「とりあえずスポドリ買ってくるわ」と提案してくれた。本当に頼りになる。


数分後、戻ってきた野薔薇は悠仁と一緒だった。ぐったりした私の姿を見て、「なまえの部屋に運べばいい?と言う。理解も判断も早い。さすが宿儺の器。ぼんやりとする頭の中でそんなバカげたことを考えるのが精いっぱいだった。

「ちょっと触る、ごめんな」

そう言った悠仁はわたしの首の後ろと太ももの裏に手を差し込んだ。そして、軽々と持ち上げたあと、「釘崎ドアと荷物よろしく」と言って歩き出す。


「悠仁、重くない?」
「全然、それよりちゃんと掴まってて」
「……ありがと」


部屋について、宝物を置くようにそっとベッドに寝かせられた。「起きれる?」の言葉と共に背中に差し込まれた手が私を抱き起す。野薔薇から渡されたスポドリを蓋を開けてから差し出す悠仁は、やっぱり天然人たらしだと思った。ペットボトルの中身を一気に半分ほど胃の中に流し込んで、再び横になる。いつもと同じ天井と、心配そうな悠仁が見えた。「もう大丈夫」と言えば、「よかった」と屈託のない笑顔を向けられる。あぁ悠仁はどこまでも優しい人だ。


やっと一息、というところで、突然野薔薇が「宿儺いるんでしょ?」と声をあげた。「あんたの責任なんだから出てきなさいよ」と言っているが、相手は呪いの王だということを忘れているのだろうか。そんな野薔薇が好きだけど。
そんなんで、出てきてくれないよ。と思っていたけど、今日は違った。今日の宿儺は素直に「呼んだか」と言って、悠仁の頬に現れたのだ。


「なまえと今度下着買いに行くんだけど、どんなのが好み?」
「ちょっと待って、俺同級生のそういう話聞きたくねぇ」
「脱がせるための余興だな。よいよい。」
「だから何色が好き?レース?面積少なめ?」
「形はどんなものでもいいが、色は白だな。血に染まっていく様子が綺麗だろう?」
「なまえの肌に傷つけたらぶっ殺すかんな」


自分から呼び出しておいたくせに、野薔薇は宿儺がいるほうの頬をバチンと大きな音を立てて殴った。殴られる前に宿儺は消えてしまっていたので、悠仁が痛そうに手形のついた頬を抑える。


「結局、あんたの今の地味なままの下着がいいらしいわよ」
「なまえの下着が白とかやっぱ俺知りたくなかった」
「今すぐ記憶喪失にしてやろうか」
「違うだろ、なまえが嫌だろって話!」


野薔薇が容赦なく悠仁に向けてかなづちを構える。悠仁の言いたいことも、野薔薇のしたいこともわたしにはわかる。だから、喧嘩しないで欲しいな。起き上がる気力すらないわたしにはどうすることもできないけど。ベッドの上から、追いかけっこする二人を見てそう思った。