39

憂太は私を置いてあっっっっという間に海外へ戻ってしまった。さようなら、私の癒し…。今頃はきっと飛行機の中かなと思って空を見上げる。ちょうど真上を飛行機が飛んでた。飛行機は飛行機雲だけを残して、すぐに見えなくなってしまった。
憂太はどこに行っているのかも、何をしているのかも、次はいつ会えるのかも教えてくれなかった。まぁ、いざとなったら五条悟を強請って私から会いに行けばいいので、問題ない。元気出そう。


「なまえ?どうした?空なんか見上げて」
「さっき飛行機が見えたから憂太が乗ってるやつかなーって感傷に浸ってたところですよ、伏黒くん」
「そうか。ちなみにさっき飛んでたのヘリだぞ」
「うるさい、恵!そんな細かいことはどうでもいいの!」

私だってちゃんと分かってるよ。あれはヘリだったことも、飛行機はあんな低空飛行しないってことも。ちょっと感傷に浸っても許されるでしょう?憂太が居なくなって寂しいのは本当なんだから。


「そういやなんで乙骨先輩のこと下の名前で呼んでんだ?」
「それはねー、私がおっこちゅって言えなくておっこちゅって言っちゃうからだよ、伏黒くん」

近くに落ちていた木の枝を拾って、地面に文字を書く。「おっこちゅ→乙骨」って。逆だろ、と言って恵が矢印の向きを書く治す。その隣で言えてると思うんだけどなぁ、とおっこちゅの文字を枝で消しながら、何度も「おっこつ」の言葉を呟いた。恵は「全然言えてねぇな」と優しい顔で微笑む。やっぱりダメか。


「真希さんは真希さんって呼ばないと怒るからアレだけど、狗巻先輩はそのままだよな?」
「よく気づいたね、伏黒くん」
「さっきからちょいちょい挟んでくるそのキャラなんなんだよ」
「そういう気分」


今度は地面に「禪院」「加茂」「五条」の文字を三角形になるように書く。その次をどう説明したらいいのか考えて、ぐるぐると地面に丸を描いた。伝統とか格式とか。ややこしい長い付き合いを恵に伝えるのにどの言葉が適当なのか。恵は禪院家の血筋だけど、それを知っているのか見当もつかない。


「なんか、御三家は均等が取れているのがベストで、私が狗巻家と仲良くするのとかは他の御三家的にはおもしろくないみたい。五条家としては仲良くしたいらしいんだけどね。五条悟のワンマンだから」
「そうなのか」
「由緒正しき五条家とか笑うけどね。跡取りがアレなのに」
「そうか、次の五条家当主は五条先生なんだよな」


あんまり実家のこと、御三家のことに恵を巻き込みたくはなかった。けど、それなりに恵は知っておくべきだと思う。いつか巻き込まれることになるのだろうから。立ち上がって足で書いた文字を全部消した。砂埃が巻き上がってすぐに消えていく。


「なになに?僕の話?」

そこに現れたのは五条悟だった。またややこしいことになりそう、瞬時にそう思った。逃げようとしたら、「これなまえに預かってきたよ」と紙袋を渡された。五条家の当主からの先日のお詫びの品らしい。この紙袋を「いらない」と突き返すことすら出来ない分家の人間の私は、黙ってそれを受け取った。


「五条家は仲良いんですか?」
「んなわけないじゃん、オ゛ッエ゛ー」
「その顔、高専の頃の僕にそっくりだよ、なまえ」
「それこそオ゛ッエ゛ーなんだけど」
「やっぱり仲良いんですね」
「今の話聞いてた?」
「なまえはこう言うけど、それなりに仲は良いから恵でもなまえと付き合うのは許可できないかな」
「なんですか、それ」

恵がため息と共に言葉を零した。私が誰かと結婚するときには、きっと五条家の許可が必要になるだろうけど、五条悟にお伺いを立てるのは不本意だから五条悟が当主になる前に結婚を決めようと再び心に誓ったのであった。