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もう寝ようとベッドに入った頃、トントンと控えめなノックが聞こえてきた。わたしの部屋のノックが鳴るのは珍しい。野薔薇も真希先輩も無遠慮に入ってくるし、五条悟は「入るよー」の言葉と同時にドアを開けるからだ。つまり、ドアの向こう側の人物に心当たりはない。「だれ?」と声を掛けると、「俺」の声。


「恵、どうしたの?」

ドアを開けてびっくりして、すぐに「入って」と告げた。恵の顔があまりにも暗くて、心配になったから。恵は「怖い夢見て」と小さな子供の用に呟く。少し震えていたかもしれない。とりあえずラグの上に座らせて手を重ねた。冷え切った手のひら。唇を噛みしめた顔。とてもじゃないが、どんな夢見たの?なんて聞ける状態ではなかった。


「一緒に映画でも見る?」
「なまえ寝るところだったんじゃないのか」
「こういう時に他人のこと気にする?」
「悪い」
「恵が好きそうなの配信してるかなぁ」


テーブルの上に置きっぱなしのタブレットを起動する。あなたにおススメって表示される作品はどれもパニック映画かホラー映画。視聴履歴から作成されたものだけど、ちょっとは空気読んでよと思ってしまう。そんな映画ばっかり見たのは自分なのにね。


「どれにする?」
「どれでもいい」
「映画じゃないのがいい?」
「…なまえが居ればいい」


おやおやおや?今日の恵はしおらしくないか?
いつもお兄ちゃん風吹かせている恵が、こう弱っている姿は珍しくて対応に困ってしまう。私は野薔薇みたいに頼れる姉御にはなれないし、悠仁みたいにモノマネとかできないし、五条悟みたいに話を聞いてアドバイスしてあげることもできない。でも、恵がわたしを選んで、こうして来てくれたのだからそれに応えたいとは思うわけで。


「えっと、ならわたしの事、津美紀って呼んでもいいよ?」
「ふは、なんでだよ」
「ホームシックなのかと思って……」
「なまえはなまえだろ」

ようやく顔色が戻ってきた恵が微笑む。わたしはホッと胸を撫でおろした。重ねた手を放そうとすると、「もうちょっと」と手のひらをひっくり返して握られた。タブレットでわたしが選んだ映画がオープニングを再生し始める。どうしてそれを選んでしまったのか、わたしが選んだのはべたべたの恋愛映画だった。
二人身を寄せて小さなブランケットにくるまって、映画を最後まで見た。キスシーンもベッドシーンも。見終わったときにはお互い気まずくなって、恵はそそくさと部屋に戻っていった。わたしはいつも選択を間違える。