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「なまえ準備できたか?」
「いつでも!」

今日の授業が終わってジャージから制服に着替えると、恵が教室の外で待っていた。教科書は机の中に入れて、出来るだけ軽くした鞄を持って歩き出す。出会った頃は、わたしを置いてどんどん先に歩いて行ってしまう恵が、今ではわたしに歩幅を合わせて歩いてくれる。意識してしてくれているのではないんだろうけど、その優しさがくすぐったい。


「本屋さんの後の予定は?」
「特にない」
「ならドーナッツ食べに行こうよ〜」
「最初からそれ目的だろ」
「え〜〜そんなことないよ〜」


肩に鞄を担いだ恵が疑いの目でわたしを見る。真っ直ぐ帰るつもりはなかったけど、別にドーナッツが食べたいからお出かけするわけでもないんだけどなぁ。任務がない金曜日は貴重だし、恵とゆっくり過ごしたいって思っちゃったんだよね。


「ドーナッツ、恵は何個食べる?」
「一個で十分だろ」
「え〜色んな味食べたくない?」
「俺は別に」
「デートなのに釣れないねぇ」
「デートじゃねぇだろ」


どさくさに紛れて、恵と手を繋ごうとしたけど、あっさり振り払われてしまう。別に手くらい繋いでくれてもいいのにね。そんな風に避けられてしまったら、繋ぎたくなってしまうのはわたしが意地が悪いからなのだろう。しつこく恵の左手を捕まえようと必死になってしまう。


「恵〜デートなんだから手繋ごうよ〜」
「無理」
「なんで〜〜」
「俺はなまえの彼氏じゃねぇし」
「お父さんとも手は繋ぐよ〜」
「俺はなまえのお父さんでもねぇから」


押し問答を繰り返している間に目的の本屋に到着してしまった。「じゃあ」と言って自分も本屋の中を見て回ろうとすると、今度は逆に恵に「どこ行くんだよ」と服を掴まれた。別行動じゃないの?と思ったら、恵はそうではなかったみたい。手は繋いでくれないのに、一緒に居たいって不思議な感覚。


「寂しいの?」
「そうじゃねぇよ、探すのめんどくさいだろ」
「電話すればいいじゃん」
「一緒に居ればいいだけだろ」
「わたしはどっちでもいいけど」


恵が欲しい本のある場所は、すごく人が多かった。恵は人を避けてするする移動していくけれど、人より不器用なわたしはすぐに人にぶつかりそうになってしまった。くしゃくしゃって頭を掻いた恵は、「手繋ぐぞ」とぶっきらぼうに言ってわたしの左の手のひらを浚った。


「彼氏じゃないんじゃなかったの?」
「彼氏じゃねぇけど、これはデートなんだろ?」


嫌味に嫌味で返された。ぎゅ、と繋がれた手を握り返すと、恵の肩がぴくっと反応する。ちょっとおもしろくなって、恵の親指を自分の親指で撫でる。その度にくすぐったそうに恵は肩を揺らす。

「なまえやめろ」と振り返った恵の顔は少し赤くなっていて、笑ったらいけないのに笑ってしまいそうになった。恵の彼女はこんな表情が何度も見られるんだな。ちょっとうらやましいと思ってしまった。彼女になりたいわけじゃないけど。