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野薔薇がお風呂から上がってくるのを待つために、談話室で本を読むことにした。いつから置いているのかわからないソファはわたしのお気に入り。たくさんの人がここに居たんだってことの証明だから。もしかしたら、七海さんも伊地知さんも座ってたのかなって考えるとちょっとほんわかしてしまう。
本を開いて数分、隣に乱暴に誰かが座った感覚がして顔を上げた。明るい色のパーカーがまず目に入って、悠仁だと思ったら、顔に紋様が見えてすぐに宿儺だと分かった。本を閉じて、宿儺の方を向く。不機嫌そうにソファの背もたれに凭れ掛かった宿儺は足を組んで座っていた。機嫌が悪いのに、こうして表にでてくるの珍しいなと思ったけど、声はかけられなかった。


「小娘、今日告白というものをされていただろう?」

鋭い4つの目がわたしを睨む。告白?そんなのされたっけ?心当たりがなくて、今日あった出来事を一から思い出す。いつもと違ったことと言えば、補助監督に「今度ご飯行きませんか?」って誘われたことくらいだ。あれは告白に入らないよね…?


「見てたの?」
「小僧がなまえの近くに居れば嫌でも目に入る」
「次からは見えないところでやります」
「そうではない。なぜ言わなかったと怒っている」
「へ?」
「俺が居るということを言わなかっただろう?」
「だって居たの悠仁だったし」
「呼べばいい。というかそういう居るでは無い。馬鹿か」


呼んだら出てきてくれるの?って思ったけど、そんなに簡単な人じゃないでしょ?宿儺は。気分が乗らなきゃ出てきてくれないじゃない。わたしは毎日だって会いたいのに。理不尽だなぁって思ったけど、もしかしたら今日の不機嫌の理由がそれなんじゃないかって理解できてしまったので嬉しい。それってヤキモチだよね?


「俺の嫁なのだろう?」
「自称ですが」
「容易く他の奴に触れさせるな」
「はい」
「分かればいい。二度目はないぞ」


わたしが触れたいのも触れて欲しいのも宿儺だけなのに、どうやったら宿儺にこの気持ちが伝わるのかわからなくて途方にくれる。ボディタッチなんて浅はかなことしたら、きっと宿儺は怒るでしょう?


「嫁って名乗っていいの?」
「普段は横柄なくせにわざわざ許可を取るのか?」
「だって、」
「いいとは言わん、しかしならんとも言わん」
「ややこしい…」
「お前は俺だけ見ていろ。余所見する暇などない」
「はい」


言われた通り、じーっと宿儺を見つめる。必然的に目が合う。「そういう意味ではない」と言って宿儺が笑う。「物理ではなく心理的にだ」と言って片手でわたしを抱き寄せる。そして、前髪にキスをした。ずるい、と思って見上げれば、もうそこに宿儺は居なかった。

どこまでもズルい人。