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わたしの実家は曲がりなりにも五条家の分家で、母の手料理と言うものを食べたことがない。それは五条悟も同じだと思う。お弁当も使用人が作ってくれていたし、用意されるお膳も一人ずつ分けられている。だから、たまに悠仁や野薔薇と噛み合わないことがある。


「寒いな〜。なまえ、鍋食いたくない?」
「鍋?なんで?」
「みんなでくっついて一つの鍋食べるとあったまるじゃん」
「一つの鍋食べる?どういうこと?」


任務の帰り道、悠仁がふとそんな言葉を口にした。悠仁が言うには、冬は炬燵に鍋が定番らしい。食後はみかんやアイス食べてみんなでテレビを見るんだって。そんな世界を見たことも聞いたこともないわたしは、頭にハテナばかりが浮かぶ。寒い地域ではそうなの?と聞けば、悠仁はちょっと困った顔をして笑った。


「なまえがそうってことは五条先生も炬燵に鍋しらないんかな?」
「ねぇだから炬燵ってなに?」
「ん〜〜買って貰っちゃおっか?五条先生に」
「炬燵?」
「そ、絶対なまえ好きだと思う!」
「検索してみてもいい?」


炬燵に対しての探求心を押さえつけられなくなって、手元のスマホを操作する。出てきた検索窓に「こたつ」と入力したところで、悠仁にスマホごと奪われてしまった。取り返そうと手を伸ばしてみるけれど、上に伸ばした悠仁の手に届くわけもなく、ぴょんぴょんと無駄な足掻きをするばかりだった。


「実物見てのお楽しみにしよ?」
「…わかった」
「そんかわり、鍋は今日一緒に食おう。俺作るから」


悠仁の料理上手は証明済み。安心してわたしの胃袋を任せられる。「なに鍋がいい?」とキラキラの笑顔で悠仁はわたしを見る。「あったかくなるやつ」と答えれば、「嫌いなものとかない?」という心遣いを返された。わたしが知ってる鍋は、一人用の小さなものだから、それを誰かと食べるってことがどうしても想像できないのが寂しい。
それが、悠仁と気持ちを分かち合えないのが寂しいんだということに気づいたのは、買い出しに向かったスーパーでだった。白菜にネギ、ニンジン、しいたけ、と悠仁がカートを押しながら手慣れた手つきで食材を放り込む。いくらわたしでも野菜の種類くらい知ってるから、悠仁に「春菊取ってきて」と言われて嬉しくなったのだ。

悠仁とわたしは育った環境が違うんだから、知っていることと知らないことが違って当然。それは分かっているし、それが不満なわけじゃない。わたしが不満なのは、悠仁が好きなこと、好きなものを知らない自分にだった。


「なまえ、肉と魚どっちが好き?」
「…おにく」
「そう言うと思った。なら鶏団子と鶏肉買って…」
「悠仁、ご飯はわたしが炊くからね」
「うん、助かる」
「野菜切ったりも手伝うからね」
「ん、ありがと」


悠仁の優しい目がわたしを見つめる。ずっとこうして平和な日常が続けばいいのにな。不変なんてないって知っているけれど。