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「なまえオハヨー!」

今日も朝からハイテンションな五条悟が目の前に現れて思わず顔をしかめた。そんなわたしの様子を気になる素振りも見せずに「元気ない?」と言ってくるのもいつもと変わらない。「おはようございます」と挨拶だけして立ち去ろうとすると、「待って」と呼び止められた。


「なんですか?」
「昨日の夜、なまえの部屋に行ったんだけどさぁいつもあぁなの?」
「あぁって?ていうか、何の用だったんですか?」
「恵居るのに寝ちゃうやつ」
「恵?」


ふざけているのか真面目なのかわからないトーンで語りかけてくる五条悟に、どういうテンションで返すべきなのかがいつもわからない。
昨日はたしか、恵がわたしの部屋に来て、一緒に報告書書いて、疲れてベッドに横になっていたらいつの間にか寝ちゃってたんだよね。恵を放置して寝てたことに怒ってるのかな。わたしと恵のことなんだから放っといてくれればいいのに。五条悟はいつも過干渉だ。


「次から気を付けます」
「なまえさぁ、なにを気を付けるのか本当にわかってる?」
「わかってますよ、もういいですか?」


わたしと恵との友人関係に口を出したい気持ちはわかる。だって、五条悟は保護者代わりとしてずっと恵の面倒を見てきたのだから、かわいい子が放っておかれるのが気に入らないんだろう。ていうか、わたしが気に入らないんだろう。だったら、本当に放っておいてほしい。切実に、そう思う。
話を勝手に終わらせて、教室へ向かおうとすると五条悟の手が行く手を阻んだ。壁と自分との間にわたしを閉じ込めて「まだ話終わってないでしょ?」と告げられる。気を付けますって言ってるじゃん。これ以上話すことなんかなにもない。少なくともわたしには。



「恵といつも部屋で二人っきりになるの?」
「…なりますよ」
「で、無防備にベッドで寝ちゃうんだ?」
「…だから、気をつけますって」
「なまえはさ、男が何考えてるのか知ってる?」


自分より数十センチも高い男に上から見下ろされて、嫌悪感を抱いた。そうやって脅せばなんでも思い通りになると思っているんだろう。相手をするのもめんどくさくなって、壁に向かって置かれた腕を潜ろうと試みる。が、今度は長い脚が伸びてきてそれを拒んだ。


「男が何考えてるのか知りませんし、五条悟が何を考えてるのかもわかりません。もういいですか?」
「よくないから、こうして引き留めてるのわかんない?」
「わかんないです。あなたには関係ないことなので」
「どうしてそうやって僕を蚊帳の外に出したがるかなぁ」
「嫌いだからに決まってるじゃないですか〜」
「恵だったらいいの?」


この男はとうとう頭がおかしくなってしまったんじゃないかと思った。どうしてここで恵の名前が出てくるんだろう。はっきり言ってくれればいいのに遠回しな言い方しかされないことに苛立つ。こういう時に嫌味たっぷりに言ってくるのがいつもの五条悟なのに。
もしかして、と思って五条悟の額に手を当ててみる。熱はないらしい。わたしの考えすぎなのかな。


「…なんで今触ったの?」
「熱があるのかと思って」
「嫌いな人間心配してくれるんだ?」
「そりゃあ少しは」
「なら僕に心配させないように、もう恵はなまえの部屋に入れないでよ」
「嫌です」
「男はさ、何とも思ってない女を抱けるんだよ?」

そこまで言われてようやく五条悟の言わんとしていることが分かった。わたしと恵がそういう関係ということを心配してるんだろう。くだらない、とブチ切れそうになったけど、「気を付けます」と心にもない言葉を口にした。恵がそんなことするわけないじゃん。やっぱり最低だ、五条悟は。


「分かればいいんだよ」
「もう行っていいですか?」
「うん、冷蔵庫にお土産のイチゴ入ってるから食べて」
「ありがとうございます」


この前のお見合いの時に考え直した五条悟への感謝の気持ちが崩壊する音がした。やっぱり五条悟は五条悟でしかない。傲慢で、自分勝手で、やっぱり嫌いだ。