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五条悟から解放されて、走って教室に向かう。走っていないとそこらへんの柱に八つ当たりしそうだった。早く教室に行って、みんなの顔を見て落ち着きたい。頭の中はそればかりだった。


「なまえ、おはよ」

教室の中にはみんな揃っていて、いつもと変わらない景色が広がっていた。机の上に座って、恵に話しかける悠仁、その話を本を読みながら聞いている恵、爪の手入れをしている野薔薇。どれも日常。そこに溶け込むように教室の中へ入り込んだ。


「恵、昨日いつ戻ったの?」
「五条先生が来たから一緒に帰った」
「起こしてほしかった〜」
「悪い」
「寝てたせいで朝から五条悟に絡まれた〜」

ガラガラと椅子を引いて、乱暴に座った。隣の席の野薔薇が「災難だったわね」と言って腕を伸ばして頭を撫でてくれる。大好き。反対側の席の恵も「昨日の夜から不機嫌だったから言っておけばよかったな」と申し訳なさそうに口を開く。わたしの世界はこんなにも優しい。


「でもそんな夜に五条先生、なまえに何の用だったんだ?」
「分かんねぇけど、お土産とかなんとか言ってたな」
「あ、冷蔵庫にイチゴ入ってるって言ってた」
「げ、それ高級なヤツじゃん」
「あとで一緒に食べよ、野薔薇」


3人と話をしていると、あっという間に今朝あった嫌なことが拭われていく。清々しい気持ちにようやく朝が訪れたような気がした。恵が居て、悠仁が居て、野薔薇がいて、全員がわたしの精神安定剤みたい。一年前には想像し得なかった世界だ。
わたしから未来の希望を奪った五条悟が、また新しい希望を与えてくれるなんてなんとも皮肉な話だ。好きとか嫌いとは別の次元の話になるけど、わたしの人生はあの男なしでは成り立たない。


「なまえ、具合悪い?」
「本当だわ、顔色悪いわよ」
「保健室行くか?」


まるでぬるま湯みたいな心地よさをどう言葉にしたらいいだろう。絶対失くしたくないものがここに存在している。だからこそ、少しだけ思い出した昔の思い出が幸せに浸潤してくる。「大丈夫、寝不足かな?」と偽りの笑顔を浮かべて言えば、「昨日早い時間に寝てただろ」と恵がわたしの嘘をあっけなく見抜いてしまう。


「女の子にはいろいろあんのよ。黙ってろ伏黒」
「……わかった」
「あ、なまえ、俺もイチゴ食いたい!放課後行ってもいい?」


恵だけじゃなかった、悠仁も野薔薇もわたしの嘘を見抜いて気を使ってくれた。やっぱり大好き。大好きじゃ足りないくらい大好き。