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「狗巻先輩、にらめっこしましょう?」

とことこと制服姿のなまえがこちらに駆けてきたかと思えば、突拍子もないことを言いだす。「何言ってんの?」と笑えば、「あ、笑ったから狗巻先輩の負けですよ」となまえも笑う。片手でむにと両頬を痛くない強さで摘まむ。唇を突き出す形になったなまえは「やめてください〜」と言って手首を掴むので、なまえの顔を掴んでいた手を離した。


「狗巻先輩の負けなのでわたしのお願い聞いてください」
「おかか」
「まだ何も言ってないじゃないですか〜」


宿舎に向かって二人並んで歩く。二人きりになるのは珍しいなと思った。なまえの周りにはいつも誰かしらが居て、二人きりになったとしても短い時間だったりする。そういえば、二人で任務に行くこともまだ一度もない。


「高菜、すじこ」
「今日は一年生ズはわたし以外任務で居ないんですよ〜」
「しゃけ」
「仲間外れじゃないです!伊地知さんの車に全員乗れなかっただけです!」
「たらこ」


なんとなく分かってしまった。なまえとの任務が今まで一度もなかった理由も、なまえが任務に連れていかれなかった理由も。感が正しければ、悟が意図的にそうしている。なまえ自身は悟を嫌っているけど、悟はそうじゃないみたいだ。


「ツナツナ」
「え?!お願い事聞いてくれるんですか?」
「おかか」
「内容による?」
「しゃけ」
「実は今日、真希先輩も野薔薇も遠方の任務で泊まりなんですよ。で、女子寮わたしだけで、怖いからギリギリまで一緒に居て欲しいなぁ〜って」
「……ツナマヨ」
「見返り…見返りかぁ」


呪術師だっていうのになまえは怖がりらしい。そんなお願いならいくらでも叶えてあげるけど、表情がコロコロ変わるなまえを見てるのが楽しいから少しだけ言葉を濁して反応を見る。さっきまで笑顔だったのに、無理難題吹っ掛けた途端に真剣に悩み始める姿は年下の女の子で、困らせてしまった申し訳なさともっと弄ってみたいという欲求とが交差する。


「雪見大福半分でどうですか?」
「おかか」
「全部はダメですよ〜」
「ツナマヨ?」
「へ?」


なまえの手を引いて、宿舎とは別の方向へ歩き出す。どうせ誰もいないなら、今日はなまえを独占したっていいよね?寮で過ごしたら、誰かの、悟の邪魔が入りそうだから門限ぎりぎりまでだけど、街へ降りてたまには普通の高校生みたいなことをしよう。帰ってきたら「疲れたー」ってお風呂入ってすぐ寝れるように。