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隣の部屋から声がして、誰かが来てることは分かっていた。
虎杖はあぁいう奴だから人が集まるのも当然だし、そこに俺が呼ばれないのは別に気にはならない。そう思っていた。

トイレから部屋に戻る途中、なまえに会った。「こっちに来てたのか?」と声を掛ければ、「悠仁の部屋で映画見てた」と返事が返ってくる。おやすみ、また明日と言って別れてからふと思う。目が赤くなっていたのが気になった。泣くほどの映画だったのだろうか?他に誰が居たのだろうと。


気づいたら、自分の部屋に戻るではなく、隣の部屋のドアをノックしていた。


「なまえ?」
「俺」
「伏黒か、ちょっと待って」

バタバタという音がしばらく続いて、ドアが開く。別に用があるわけじゃない。適当に「さっきなまえに会って」と言えば、普段と変わらない顔で「あぁ、ホラー見てた」と返される。考えすぎか、と思った。

けれどすぐに考えすぎではないことに気づいた。テーブルに二つ置かれたグラス、乱れたベッド、聞こえてきたなまえの叫び声。耳にこびりついて離れない、「無理」という言葉。ホラー見てただけで「無理」って叫ばねぇよな。普通。


「二人で見たのか?」
「あぁ、うん。二人」
「……宿儺に代わったりしてねぇよな」
「なんで代わるんだよ」
「ならいい、わかった」
「変な伏黒」


じゃあな、と扉を閉めようとする虎杖の手を咄嗟に掴んでしまった。頭の中にあるイライラの理由もわからないのに。「どうした?」と虎杖が心配そうな顔で俺を見る。なんでもない、と言って腕を離した。
ゆっくりと扉が虎杖の姿を隠していく。パタン、扉が閉まっても、動けなかった。

変だろ、おかしいだろ。何がしたいんだ、俺は。
重たい脚を動かして自分の部屋に戻った。気が重い。何かに八つ当たりしたい気分だった。しん、と静まり返る部屋に玉犬を呼び出した。ただ一人では居たくなかった。玉犬の頭を撫でると嬉しそうに目を細めて俺に身を寄せてきた。

ベッドに身体を横にする。玉犬も寄り添うように足元に丸くなった。玉犬も俺が寝たら戻ってしまうんだ、そう考えると寂しさすら感じた。
ふぅ、と息を吐く。一年前ならきっと誰かを殴ることで解決していただろう。もうそれも出来ない。なら、どうすればいいのか。それがわからなくてただただイライラが募った。

その時、枕の横に置いていたスマホが、振動した。無視しよう、そう思っていると、また振動した。急用だったら、と内容を確認する。振動の原因はメッセージの着信で、相手は虎杖となまえからだった。別々に送られてきたメッセージは俺を心配するものだったけど、それが同じタイミングで送られてきたことも、内容が同じなこともやっぱり気に入らなかった。だから、既読だけつけて、返信もせずに電源ボタンを押した。

自分で自分がわからない。こんなの初めてだった。