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虎杖の部屋からなまえが出てくるのを目撃した次の日、モヤモヤした気持ちを抱えたまま朝を迎えた。顔を洗っても歯を磨いても頭がすっきりしない。それでも普段通りのルーティンをこなすために、食堂へ向かう。いつもと違う時間帯だからか、ざわざわという普段は煩わしい人の雑踏が今日は心地いい。
食堂の一角で見慣れた二つの顔を見つけた。食堂の端の、角の席。二人が向き合って食事をしているところを見るのは初めてではない。けれど、今日はその光景が自分の中の何かを狂わせる気がして近づく気になれなかった。

用意されている食品をトレイに乗せて、席を探す。出勤前の呪術師、パンダ先輩たちのいる席、当直担当の呪術師。それだけ居ても、有り余るほどの席があった。だから、二人のいる場所に行かないことはむしろ正しい選択とも言える。


「伏黒、さっさと動け」
「釘崎、」
「虎杖となまえんとこ空いてんだろ。飯食う時間なくなんぞ?」
「……悪い」


後ろに釘崎が居たことにすら気づかなかった。俺は馬鹿か。これで虎杖となまえが居る場所に向かわないことの方が不自然になってしまった。そこに行きたくないわけじゃない。そこに行って、二人の邪魔になることが嫌だった。そんな俺の考えを知らない釘崎はサラダとフルーツが乗ったトレイを持ってスタスタと二人の元へ近づく。二人は嫌な顔せず、釘崎を受け入れた。そして、その視線は俺へと向かう。抵抗したら不自然しか生まれない。諦めて、俺も三人のいる場所へと向かった。


「恵おはよー。ボーっとしてどうしたの?」
「や、別に。いつも通りだ」
「そう?でも、」
「大丈夫だ」
「恵?顔色悪い」
「いいから放っておいてくれ」


語尾があからさまに強くなってしまった。その不自然さに、虎杖ですら表情を歪ませる。俺をこの場所に連れてきた釘崎は気にする様子もなく、フォークでサラダを口に運んでいた。やっぱりだ。やっぱり俺がここに来たのは間違っていた。今、口を開いたら、きっとその言葉には毒が乗っている。そんなのおかしい。俺らしくない。


「伏黒、なまえだって心配して言ってんだろ」
「分かってる」
「だったらなんで」
「なまえは宿儺が好きなんじゃないのか?」
「……は?」


今度は三人の明らかな嫌悪が俺に向けられた。辻褄が合わない会話、雑踏の中でここだけがシンとしていた。誰かが口を開くのを誰もが待っていた。けど、誰も口を開かなかった。一番最初に動いたのは虎杖だった。虎杖は「伏黒、ちょっと疲れてんだな」と言って立ち上がった。なまえも皿の上に残った最後のリンゴを口に運ぶところだった。


「恵、なにを怒ってるの?」
「怒ってねぇ」
「怒ってんじゃん」
「怒ってねぇだろ」


本当はなぁなぁでこの場をやり過ごしたかったのに、なぜか本音が零れてしまった。黙々と食事を進めていた釘崎が「お先」とトレイを持って立ち上がる。それに続いて、なまえも立ち上がった。朝食なんて今更食べる気にもならなかったが、他の奴らと距離を取るためにあえて白米を口に運んだ。

「またあとでね」と心配そうになまえが俺に言葉を残す。返事はしなかった。こんなにイライラするのは中坊んとき以来だ。理由の分からないモヤモヤが俺を支配する。めんどくせぇ。味がしない飯を口に運ぶ。ガツガツと、ただ栄養を摂取するためだけに食事をした。授業開始までにはなんとかしなければ。この行き場のない感情を。