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朝食を終え、学校に行き、教室に向かう。
いつもと変わらないルーティンをこなせてはいるものの、いつも通りの調子とは程遠い。教室に入ってからも不機嫌を表面に乗せていたら、皆が適度に距離を取ってくれた。理由が分からない苛立ちの原因を問われても困るだけだったし、一人で居ることは別に苦ではなかったのでそれでいいと思えた。

昼になった。昼食という気分にはなれなかったので、ここではないどこかで時間を潰そうと立ち上がると釘崎に「ちょっとツラ貸せ」と告げられる。別に予定はなかったし、二人と顔を合わせているのもしんどかったのであっさりその誘いに乗った。確認はしなかったが、虎杖となまえはこっちを見ていたような気がする。

人が来ない建物の陰で釘崎は歩を止めて振り返る。


「あんた何があったのよ」
「何もねぇよ」
「何かあったことは分かってんのよ、いいからさっさとゲロっちまいな」
「だから何もねぇ」
「あーーーもう!私があの空気耐えられないって言ってんのよ!」
「悪い」


釘崎の言葉に、何とかやり過ごせているんじゃないかという自分の考えは傲りだったことに気づかされる。息を深く吸い込んで吐き出す。なるべく冷静に主観を含めないために。言葉を綴ろうとして、躊躇って、もう一度深く息を吸う。その息を吐いて、途中で止めた。残った言葉を吐き出すのと同時に言葉を吐き出す。


「昨日、虎杖の部屋から出てくるなまえを見た」
「で?」
「そのあと虎杖の部屋に行ったら、ベッドが乱れてた」
「で?」
「虎杖の部屋から無理ってなまえの声が何回も聞こえてきてた」
「で???」
「それだけだ」

釘崎にあったことを全て話して気づく。それだけのことじゃないか。俺の部屋にもなまえは来る。気にせずベッドの上で本も読む。「無理」は口にしないが、ただ、それだけのこと。逆に俺たちに隠れて、虎杖となまえが付き合っているなら、それはそれとして聞かなかったフリをしてやるべきなんじゃないか。


「あのさぁ、伏黒」
「なんだ?」
「私にはあんたがなまえが好きって言ってるように聞こえるけど」
「は????」


自分ではない、虎杖でもない、なまえでもない、ただの第三者の意見にハッとさせられる。俺が?なまえを?好き???パチ、パチ、とパズルのピースがうまくハマるように辻褄があった。

あぁ、これが恋と呼ぶのか。
それを否定したいと、心が叫ぶのに、どう抗っても否定する根拠が足りなくて何度もふりだしに戻る。


「そんな態度じゃなまえには伝わらないわよ」

釘崎が俺の肩を叩いて陽の当たる場所に歩き始める。釘崎に問いかけようと視線でその姿を追いかけるけど、眩しくてすぐに目を閉じてしまう。その間に「まぁがんばれば」と言葉を残して釘崎は立ち去る。

恋は落ちるものなんかじゃなかった。
気づいたらそこに存在するものだった。ストンと気持ちが落ち着いてしまえば、それを噛み砕くしかなかった。これは、恋なのだということを。