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何とも言えないくすぐったさを感じて目を開いた。悠仁と部屋でお好み焼きやって、そのあと映画を見ている間に寝てしまっていたらしい。いつの間にか映画は終わっていて、閉め忘れていたカーテンの外は真っ暗だった。充電器に差しっぱなしだったスマホを手探りで探していると、悠仁の手とぶつかる。あ、悠仁も寝ちゃってたんだ。気が緩んでるなぁと手にしたスマホのバックライトを点灯させる。


「便利だな」
「……宿儺?」

ふいに吐き出された言葉に、身体が反応した。本能的にわかる、ここに居るのは悠仁ではない。宿儺だ。確認をしたいけれど、宿儺に対してライトを向けるなんていう無礼なことはできない。数秒考えて、手を握ってみることにした。手を重ねると、「なまえ」と名前を呼ばれ、今度こそ宿儺だと確信を持った。宿儺が出てきてくれて嬉しい気持ちと、出てくるなら予告してから出てきてほしいという理不尽な思いが交差する。


「いつから居たの?」
「小僧が寝た後ずっとだ」
「映画…見てたわけじゃないよね」
「暇つぶしになまえの寝顔を見ていた。小僧の中に居る時よりは楽しめたぞ」

その言葉に、自分は一体どのくらいの時間眠っていたのだろうと思い返す。まだ外はオレンジ色だった記憶はある。つまり、一時間は眠っていたのだろう。そう考えると、恥ずかしくてこの場から今すぐ逃げ出したい衝動に襲われた。


「小娘、」
「は、はい」
「いい夢は見れたのか」
「……夢、見てない」
「俺が触れたら気持ちよさげに微笑んでいたがな」


そう言って、宿儺は私の耳元に手を置いた。指先で耳朶を挟み、人差し指でそのまま顔のラインを撫でる。ゾクゾクっと背中が震えた。顎の先端に到達した指先はそのまま喉元まで降りていき、私の喉を手のひらで包んだ。そのまま力を込められたらきっと窒息してしまうだろう。けれど、不思議と恐怖はなかった。宿儺に殺されるなら本望だと思ったのだろうか?いや、違う。そうしないと、なぜか確信を持っていた。


「怖くはないのか?」
「別に、」
「なぜだ」
「なんでかな」
「つまらんな」


首元を掴んでいた手のひらの力が抜けるのを感じた。そのまま手のひらをスライドさせた宿儺は、人差し指でわたしの顎を持ち上げる。殺されはしない。それは分かっている。漠然とした不安は、わたしの宿儺への理解が足りないせいだろう。きっと暗闇なのも要因の一つだと思う。


「次は如何して欲しい?」
「わたしが決めていいの?」
「聞くだけ聞いてやってもよい」
「……宿儺とずっと一緒に居たい」
「殊勝な女だな」

されるがまま、宿儺が指先でわたしを弄ぶ。顎先にあった指先は爪先ではじかれ、そのあと、胸元に突き刺さる。ちょうど心臓があるところだ、とわたしが理解すると同時に、その指先は服の中に潜り込んだ。ゾワゾワとしたじれったさともどかしさが同居して、脳内を擽る。どこかで次の展開を待ち望んでいる自分が居た。


「一緒に居るだけでいいのか?」

暗闇に慣れてきた目が宿儺の挑発的な顔を捉えた。もっと、もっとして欲しい、触れて欲しいと思う中、突如脳内に「それは悠仁の身体だよ」という情報が流れてくる。意識とは別の場所が働いて宿儺の手首を掴んでいた。


「どうした?」
「だめ」
「俺に意見するか?」
「宿儺のことは好き。でも、その体は悠仁のモノだよ」


クリアな意識がそう言葉にしていた。理屈じゃなくて、わたしの潜在意識が。宿儺は「理解できんがそれもまた愉快なことよな」と耳元に唇を寄せて呟く。
わたしもどれが正解かなんてわからない。ただ、悠仁の身体であることも宿儺の意志があることは事実。わたしの意志が尊重されるのならば、宿儺と過ごすこの時間が一分でも一秒でも長くなればいいと願うだけ。