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ぺらり、本のページを捲る音がする。高専に居て、穏やかな時間が過ごせるのは恵と二人きりの時だけだと思う。窓の外に映る景色を見ながらそんなことを考えていた。恵の部屋はわたしにとって居心地のいい場所だった。きれいに整理整頓されていて、かといって生活感がないわけではない。


「恵、寒くない?」
「ブランケット使うか?」
「え、なんでそんなの持ってるの?」
「なまえがこの前来た時置いてったろ」

恵が立ち上がって、棚に置いてあったブランケットをわたしに向かって投げた。受け取ったそれをローテーブルの上に枕代わりに置いて、また文庫本を開く恵の顔を眺めた。長いまつげに切れ長の目、きっと中学生時代はモテたんだろうなぁ。そんな予感がした。


「なに見てんだよ」
「いや、美形だなって思って」
「美形っつーのは五条先生みたいなののこと言うんじゃねぇの?」
「わたしは、恵の顔のほうが好きだよ」


触れたらどんな表情するんだろうって、そっと手を伸ばした。意外にもその手は避けられることなく、恵の頬に触れることができた。男子にしてはきめ細かいその肌は、やっぱり自分のものとは違っていて、少しだけ熱を持った。


「そっち行ってもいい?」
「別にいいけど」

ベッドに凭れ掛かっている恵とわたしの距離は少し離れていた。もう少し近くでその顔が見たくて、ブランケットを持って恵の隣に移動した。ベッドに頭を預けて、もう一度その頬に手を伸ばす。


「さっきからどうした?」
「ただ、触ってみたいなって」
「ホームシックか?」
「寒いだけだよ」

頬に触れる前に捕まってしまった手のひらは、恵の大きな手のひらに包まれてしまった。ホームシックと言われればそれはちょっと違っていて、報われない恋に人恋しい気持ちになっただけだった。


「…すんの?」
「え?」
「虎杖にもこういうことすんの?」

本を閉じてベッドの上に放り投げた恵は、手を絡ませるように握り直し、わたしと同じようにベッドに頭を預けた。同じ高さにある視線がくすぐったい。


「悠仁にはないよ」
「には、って誰にならすんの?」
「宿儺」
「そこはブレねぇな」
「自称嫁ですから」


ぎゅ、と繋がれた手に力が籠る。こういう時、どうしたって男として意識してしまう。くすぐったくて、むず痒くて、ちょっとだけ息が苦しい。


「俺はなまえにしかさせねぇよ」
「うん、」
「だから、もうちょっとこのままでいさせて」


まるで全身の熱が手のひらに集まってるんじゃないかって勘違いしそうになるほど、触れている場所が熱かった。どっちの熱なんだろう、これは。わたしの?恵の?それともふたりの?
分からなくて、分かりたくなくてしばらく二人ともそのまま過ごした。