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落ち葉がはらはらと落ちているなと思ったら、あっという間に木が丸裸になる時期がやってきた。当番制で落ち葉掃除をするのは、高専の学生の仕事。今日は一年の当番。授業終わりに、掃除道具を持って掃除場所に来たけれど、誰も居ない。あっれ〜と思いながらも掃除をしていると、校舎の方から狗巻先輩が歩いてきた。


「狗巻先輩お疲れさまです」
「こんぶ」
「今はひとりだけど、一人じゃないよ」
「しゃけしゃけ」


まだ全然掃除もしていないのに、狗巻先輩はわたしの頭をかき混ぜる様に撫でた。ぐちゃぐちゃになったであろう頭を見て小さく笑う。今日は風も強いし、きっと元からぐっちゃぐちゃになっていたからあまりに気にならないけど、ちょっとだけ不服で「なにしてるんですか」と怒った感じを醸しだした。


「明太子」
「似合ってないですよ」
「こんぶ」
「謝ればいいって問題でもないです」
「すじこ?」


そう言って狗巻先輩はわたしの髪を指で掬って梳かしていく。異性に髪を触られることなんて普段は全然ないから、くすぐったくて思わず身を強張らせてしまう。その反応に気をよくしたのか、狗巻先輩は今度はわたしの髪を耳に掛け、そのまま指先で耳に触れた。耳朶を摘まんだと思ったら、今度は人差し指で耳の形をなぞるようにそっと触れる。反応したら負けだと思って、じっと耐えているけど、髪以上に耳に触れる人間は限られていて、触られることになれていないわたしはぞわぞわとした感覚を持て余していた。


「あッ、」
「しゃけ?おかか?」
「…ッいじわる」

肩と耳との距離が近くなるくらいにはくすぐったくて身を捩った。口元が見えない狗巻先輩の意図が見えなくて、耳元に添えられている方の手首を握る。すると今度は、反対側の手で首筋に指を這わせる狗巻先輩。片方の手は狗巻先輩の利き手を捉えていて、もう片方の手では箒を持っている。けど、不思議と不快感はなかった。


「なまえ」
「…なんですか」
「かわいい」

耳元に唇を寄せて紡がれた言葉は、脳髄に響いた。背筋がぴりりと反応して、感じたことのない感覚に膝から崩れ落ちそうになった。辛うじて狗巻先輩に支えらたけれど、すごく居心地が悪い。


「狗巻先輩、これからはおにぎりの具以外禁止」
「おかか」
「駄目じゃないです、ダメなのはこっちです」
「高菜、ツナ」
「言い訳してもだめで、…ッん」


呪言もなく、デコルテラインを撫でられただけで、変な声が零れた。狗巻先輩から距離を取って、首元を抑えた。警戒してても抗えない、それは呪言のせいなのか、なんなのか分からなくて途方に暮れる。ただ分かるのは近づいてはいけない、ということだけ。今はただ、他の一年生が来ること待つしかなくて、分からない感覚を理解できることなんて到底出来そうになかった。