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カサカサと音を立てる木々の下にあるベンチに狗巻先輩は居た。スマホを見て、暗い顔をしているところを見ると、よくない連絡でもあったのだろう。お見合いの話を聞いてしまった今となっては、狗巻先輩にそんな顔をさせる原因はそれしか考えられなかった。


「狗巻先輩?」

自分の中の先入観を払拭しながら、狗巻先輩に声を掛ける。わたしの存在に気づいた狗巻先輩は、表情を変えて柔らかい笑顔を見せてくれた。そうやって、今までもこれからもわたしには隠していくつもりだったんだろうなって考えると、呑気な自分が恨めかしい。


「高菜?」
「や、わたしは元気ですよ」
「しゃけ」
「良かったって、狗巻先輩は元気なんですか?」
「しゃけしゃけ」


さも当然と言わんばかりに笑顔を振りまく狗巻先輩。きっとこのまま会話を続けていても、本当のことは言ってはくれないだろうと察して、わたしから話題を口にした。「次の日曜日の任務の件なんですけど」と。すると狗巻先輩は「すじこ」と言って、両手を合わせた。ごめん、という意味らしい。任務がいつになろうと、別にそんなこと気にしないし、狗巻先輩が謝ることじゃない。謝るべきなのは、わたしじゃないか。


「五条悟から聞きました、日曜日お見合いだって」
「…こんぶ」
「どうするんですか?」
「ツナ、明太子」


狗巻先輩は、会うだけ会う、そして断るといった。お見合いする前からわがまま言ってみんなを困らせたわたしとは真逆の大人の対応。けど、それって対等な関係に限ったことだよね?と気づいてしまった。もしお見合い相手が狗巻先輩の家より格上だったなら、本当に断ることが出来るのだろうか。ゾッとした。自分がしてしまったことで、こんなにも周りを振り回していたことに。


「わ、わたし彼女のフリしましょうか?」
「おかか」
「でも、わたしももしかしたら次のお見合い話がでるかもしれないし、それなら狗巻先輩と利害は一致するんですよ」
「おかか」
「それとも結婚したいんですか?」
「おかかおかか!」


少し声を荒げた狗巻先輩はそれ以上わたしに言葉を言わせないようにか、わたしの口元を手で覆った。口は災いの元とも言うけれど、舌先三寸とも言うじゃん。わたしに出来ることはきっとこれくらいしかないんだから、わたしにだって狗巻先輩のこと守らせてほしい。すると、狗巻先輩は手に持っていたスマホを取り出し、そこに文字を綴った。入力が終わったのか、読んでと言わんばかりに画面をこちらに向けた。


「ツナマヨ?」
「もちろん。約束します。狗巻先輩も約束してね?」


スマホの画面に綴られた文字は「無理はしない」。わたしと狗巻先輩はこうして共犯になった。