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「硝子さん〜〜〜」

棘先輩との約束の日を数日後に控えたある日、忙しい硝子さんをようやく捕まえることが出来た。硝子さんを探していた理由は簡単。付き合っている人の親と会いに行くのにどんな服を着ていったらいいのか分からなかったからだ。硝子さんを選んだ理由は明白だった。大人だからだ。野薔薇や真希さんに他人のプライベートが関わることを言えるはずもなく、詮索されても困る。その点、硝子さんなら察してくれるだろうという判断だ。
案の定、わたしの説明になってない説明を聞いた硝子さんは「なるほどな」と言って、すぐに理解を示してくれた。持つべきものは大人の女の知り合いだ。


「別にいいんじゃないか?高校生らしい服装で」
「高校生らしい?制服しか思いつかないんですが??」
「それはやめておけ」
「ですよね〜。じゃあやっぱり着物とか」
「それもやめておけ。結婚する気があるのかと思われるぞ」
「じゃあ着物もダメか」
「…昔の五条を見てるようだな」


そう言って、硝子さんは少し昔を懐かしむような表情をした。五条悟に似ているとか比べられるとか、そういうのは好きじゃない。むしろ嫌悪感を抱く方だ。けど、硝子さんは別。五条悟が最低だって、クズだって分かっているから。…でもこの流れだと、わたしもそのクズに似てるって流れなのでは?


「硝子さん一緒に選んでくださいよ」
「無理だな」
「え〜じゃあどうしよう〜」
「なまえ、私に一任してくれないか?」
「え?選んでくれるってことですか?」
「心当たりがある」

心当たりってなんだろう?そう思ったけれど、着ていく服が決まるならわたしはもうどうでもよかった。硝子さんはまともな人間だから、だ。これが五条悟なら全身タイツとかありえないものを選ぶ可能性があるけれど、硝子さんなら任せられる。そう思って、ニコニコ微笑んでいる硝子さんに「よろしくお願いします!」と小学生男子のように元気いっぱいの返事を返した。


「硝子さんが引き受けてくれなかったら七海さんか伊地知さんに頼むところでしたよ〜」
「なまえの選択肢少なすぎだろう?」
「え?ダメですか?」
「ダメじゃないが、他にもあるだろ」
「ないですよ」
「もしくは直接聞けばいいじゃないか。棘に」
「あ、その手があったか」
「可愛いな、なまえは」


褒められているのか貶されているのか分からないような言葉を硝子さんはくれた。複雑な気持ち。でも、小さいことは気にしない。だって、悩みの種が一つ減ったのだから。


あれ?でも、わたし相手が棘先輩って言ったっけ?

ほんの少しの取っ掛かりを感じたけれど、それも気にしないことにした。だって、わたしは硝子さんが大好きで、硝子さんは五条悟とは違うって思っているから。けど、そのことを数日後のわたしは後悔することになる。そう、忘れていたのだ。五条悟と硝子さんが、長い長い付き合いだということを。