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紆余曲折を経て、辿り着いた決戦の地。予想とは反して、パンケーキがおいしいと有名なカフェだった。危なかった。こんな普通のカフェに着物やら、カチっとした服で来ていたら場違いになるところだった。

初対面ではない棘先輩のお母さんは、カフェの中に入ったわたしと棘先輩を見つけて「こっちこっち」と手招きする。なんでこんなにフレンドリーなんだろう。わたしにはまだ壁がありますよ、と言いたい気持ちを胸に、招かれた席へと赴く。ボックス席の奥の方に棘先輩が座って、わたしは手前の席に座る。「何食べる?」と開かれたメニューを手渡され、ほんわかした雰囲気に違和感しかなかった。棘先輩と相談しながら、注文を済ませ、再び棘先輩のお母さんと向き合う。

正解なんか分からなくて、どうすればいいのかもわからなくて、ただただ手のひらに変な汗をかいた。



「なまえちゃん甘いもの好き?」
「それなりに好きです!」
「そうなの〜嬉しいわ〜」

問いかけられて、自分でも不思議なくらい元気な声が出た。棘先輩が横から口を挟んで、お母さんの言葉を止めようとするけど無意味で。わたしはただただ、問いかけられる言葉に答えるままで時が過ぎていった。母親というものは、こういうものだということをわたしは知っている。お節介くらいお節介で、必要以上に干渉してくる。止めたいと思っても、それを止める術はなく、ただただ受け入れるしかないことも。



「黙れ」

わたしへの何度目であろう質問が繰り出されたところで、棘先輩が呪言放った。巻き込まれる形で言葉を失ったわたしの背中を、棘先輩の優しい手のひらが往復する。きっと申し訳ないと思っているんだろう。巻き込まれに行ったのはわたしからだし、わたしの両親も似たような感じなので特段気にしなくていいのに、という気持ちに襲われる。でも、自分の両親に余計なことを言って欲しくないという気持ちも分からなくないので、黙ってその場の空気を読んだ。


「これからも棘のことよろしくお願いしますね」

空になった皿、空になったコーヒーカップを前に呪言の効果が切れた棘先輩のお母さんが口を開く。よろしくって言われても、なにをどうしたらいいのか分からずただただ強く頷いた。わたしが五条家の人間であることを考慮すれば、こんなものか。わたしが断ったから亡くなった話だけど、元々はわたしと棘先輩がお見合いするはずだったんだから。

棘先輩のお母さんの優しそうな笑顔の奥にあるものが、子供のわたしには分かるわけもなかった。会ったら言いたいことがあったはずなのに、なにも言えなかった。頭を下げて場を立ち去る棘先輩のお母さんを、棘先輩の隣で見送ることしかできない。まだ子供だからって理由を抜きにしても、わたしは無力だ。五条悟みたいに強かったら、次期当主だったら、ないものねだりのような感情が頭の中で膨れ上がる。


「ツナマヨ?」
「大丈夫です。時間すっごい余っちゃいましたね。どこか行きませんか?」

きっと複雑な表情をしていたんだろう。棘先輩がわたしの顔を覗き込んだ。時間はまだ昼前。外は快晴。ここは都会。曇った気持ちをどうにかしたくて、わたしは笑顔を取り繕った。