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「どこに行こうか?」ってわたしが聞いて、「どこでもいいよ」って棘先輩が答える。
「この服着てるし動物園にパンダ見に行きますか?」ってわたしが聞いて、「パンダはもう見飽きてる」って棘先輩が答える。
「なら魚にします?品川の水族館行ってみたかったんですよね」ってわたしが言ったら、「しゃけしゃけ」って棘先輩が親指を突き出した。


なんとなくこのまま高専に帰りたくなかった。だから場所はどこでもよかった。棘先輩が楽しいって思ってくれて、笑顔になってくれるならどこでもよかった。


品川駅に着いて、案内板に従って高輪口から外に出た。多分こっちの方だろうという感覚を頼りに二人場所も知らないのにナビも見ず歩き続けた。で、結局迷子。それからは大人しくナビを起動させて、あっという間に水族館にたどりついた。「こんなに近かったんですね」ってわたしが言ったら、笑いながら棘先輩がわたしの頭を撫でた。

チケットを買って中に入る。キレイにライトニングされた中を進むと、撮影スポットが設置されていた。撮りたいなぁと思っていると、「撮ろう」と棘先輩が手を引いてくれた。用意されている岩に模した椅子に二人並んで座る。「せっかくなんでもっとくっついましょう!」と陽気なカメラマンさんに促され、棘先輩がわたしの腰を抱き寄せた。きっと今、棘先輩は悪い顔してる。わたしの反応楽しんでるのが、手のひらからひしひしと伝わってきた。


「写真はあちらで受け取れますよ」
「はい、ありがとうございます!」
「お洋服おそろいなんですね。デート楽しんでください」
「で、デート??」
「しゃけ〜」


わたしがカメラマンさんに言われた言葉を飲み込めないでいる間にも、棘先輩はスタスタ進んで行ってしまう。写真の受け取りカウンターでなにかを説明されている間も、恋人同士に見られていると思うと言われていることが頭の中に入っていかない。わたしがポンコツな間に、棘先輩は何やら会計を済ませ袋を二つ持っていた。一つはわたしの分らしい。中身も分からず「ありがとうございます」と告げた。


「ツナマヨ??」
「わたしが棘先輩の彼女って思われたら迷惑かなぁって」
「おかか」
「今更って…だってもう棘先輩の恋人のふりっていう任務は終わったとばかり」
「おかか、すじこ、明太子」
「今日一日は恋人のふり、…って棘先輩」


状況を理解しきれないわたしの手を取って、棘先輩は先を目指す。小さな水槽が並んだ広い部屋。色とりどりの魚が閉じ込められて、それでも自由に泳いでいる。


「楽しもう」、と棘先輩が言った。「今日ずっと楽しいですよ」とわたしが答える。
「この魚食べれるのかな?」と棘先輩がふざける。「食べたいんですか?」とわたしが乗っかる。
「俺も楽しいよ」と棘先輩が笑う。わたしは何も答えられず握られた手に力を込めた。

胸の中に溢れる多幸感を言葉にしてしまったら、シャボン玉のようにパチンと弾けて消えてしまいそうで怖かったから。