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「ん?なんかいい匂いする?」
「ハンドクリームかな?」

悠仁の前に手を差し出す。くんくん、とわたしの手に鼻を近づけて悠仁はわたしの手の匂いを嗅ぐ。わたしから見ても異様な光景は、周りから見たら更におかしな光景になっているのではないか?と不安になったけど、周囲に人の気配はしないので。悠仁の好きにさせることにした。

わたしの手の匂いを嗅ぎ終わった悠仁が「この匂いじゃない」と言って、スンスンと鼻を鳴らして手から腕へと匂いの元を遡る。まるで犬のように匂いの元を突き止めようとする悠仁とわたしとの距離は数センチ。触れられてはいないのに、どう抗ってもくすぐったい気持ちになる。


「おい、虎杖」

あと数センチで首に辿り着くというところで、どこからか現れた恵が悠仁のパーカーを掴んで後ろに引っ張った。首が詰まりながら、恵の元へ引っ張られる。名残惜しそうにわたしに手を伸ばしてくるけど、恵が来てくれてちょっとホッとしてしまった。


「なにしてたんだよ」
「なまえからいい匂いしてたんだよ」
「なまえはいつもいい匂いしてんだろ」
「え、何の匂い?怖いんだけど」

恵にまで匂いがするって言われて、腕を鼻先まで持ち上げて自分の匂いを嗅いだ。もう鼻が慣れてしまっているのか、洗濯に使っている洗剤の香りしかしない。これがいい匂いの原因か?と聞かれれば、コレジャナイ感が強い。つまり、そこから導き出される結論は…


「…恵と悠仁の気のせいなんじゃないの?」
「気のせいじゃねぇと思うんだけどなぁ」
「俺もそう思う」
「なら何の匂いなのよ??」
「なになに?何の話?」


ただでさえこんがらがっている所へ、五条悟が現れて、わたしと恵は同じ表情をした。悠仁だけは従順に「なまえからいい匂いがするって話!」と答えていた。すると、五条悟はすぐにニパっと笑って、「あーそれなまえのシャンプーの匂いでしょ?」と答えた。

そういえば、半月くらい前に野薔薇にお勧めされてシャンプーを変えたところだった。それを告げると、恵も納得したように目を見開いた。


「なんで五条先生が知ってるんですか?」
「僕と同じシャンプーだからだよ」
「「はぁ??!」」


思いがけず、恵と声が揃ってしまった。それもそのはずだ。わたしは、野薔薇が試してみて?と渡してくれたモノを使っていただけだった。恵も恵で思うところがあるのだろう。お互い五条悟に違和感を抱いたことは事実だった。その中でも悠仁だけは呑気に「そんな偶然あんだなぁ」と言っていた。
五条悟の性格からして、同じシャンプーを使っていることはきっと偶然ではないのだろう。野薔薇はなにで釣られたんだろう。共犯と言ったら野薔薇は怒るだろうけど、協力者ではある気がした。


「わたし、今日からシャンプー変えるわ」
「そうしろ」
「えーーなんで?僕とおそろいのままでいいじゃん」
「お揃いが嫌だから言ってるんですよ?」
「いいんじゃねぇの?お揃い」
「悠仁はどっちの味方なの?」


どっちでもないです、と片言で悠仁が答える。別にお揃いが嫌なわけじゃない。相手が五条悟なのが嫌なんだ。それを理解してくれるのが、恵だけなので、助け舟を求める様に恵に視線を送る。呆れたようにふるふると首を振るだけだった。

もうコンビニでいいからシャンプーを変えようと心に決めた瞬間だった。