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虎杖が「今日は鍋作るから皆で食おう!」と言いだして、一年で集まって鍋パすることになった。一足早く腹いっぱいになったなまえは、まだ食事中の俺たちの横で虎杖のベッドに横たわる。


「行儀悪いぞ」
「ん〜〜うん」
「食べてすぐ寝ると太るわよ」
「ん〜〜〜うん」
「おい、なまえ」
「まぁまぁ、伏黒も釘崎もたまにはいいだろ」


エプロン姿のままの虎杖が、鍋の中におたまを沈ませる。そして、どこからか虎杖に不釣り合いなブランケットを取り出しては、なまえの上に掛けた。今日は、激務だったこともあって、なまえは既に夢うつつ。虎杖に「ありがと」と言って瞼を閉じる。そこに虎杖が「疲れてんだよな?しゃーねーよ」と言って、なまえの頭を撫でる。そんな二人を見ていると、まるで俺も釘崎も二人の邪魔なんじゃないかって気持ちになってくるのは自然の流れだ。


「伏黒、変なこと考えんじゃないわよ」
「変なことってなんだよ」
「ネガティブになんなって言ってんのよ」

ベッド際に居る、虎杖に聞こえないように小声で、釘崎が俺に釘を刺す。「別に」と言葉を返すけど、正直気が気じゃない。なまえに掛けられたブランケットは、想像するになまえのもので、なまえは遠慮もなく虎杖にベッドに横になる。邪推も無粋もするだろ。


「伏黒、おかわりは?」
「いや、いい」
「釘崎は?」
「私も」
「なら俺食っちゃうよ?そしたらシメの雑炊やろうぜ!」


俺のどす黒い嫉妬とは裏腹に、虎杖は至って明るい表情のままだ。ベッドからは静かな寝息が聞こえてくる。他人のベッドで眠れる気持ちが分からない俺には、きっとなまえの思考は一生かかっても理解できないだろう。ただ、それは虎杖のベッドだからってだけで、これがもし俺のベッドだったらすげぇ嬉しくなるんだろうなって思って、浅ましい自分が恥ずかしくなった。


虎杖が残っていた鍋を平らげて、雑炊を作って、それを三人で食った。いつもはうまい虎杖の料理なのに、今日は箸が進まない。その分、気を使った釘崎が残った雑炊を虎杖と空っぽにしてくれた。その後も、なまえが起きないので、しばらく他愛のない話を続けた。けれど、なまえが起きる気配を見せないので、23時を回ったところで解散の流れになった。


「なまえ起きないわね」
「このまま寝かしといてよくね?」
「…伏黒はいいの?」
「なんで俺に聞くんだよ」
「さぁ?」


なまえはもうぐっすりと眠りに入ってしまったようで、揺さぶろうが声を掛けようが起きなかった。虎杖はこのまま寝かせていいって言うが、そしたら虎杖はどこで寝るんだよ?そんな疑問が頭に廻ったけど、俺がそれを言える立場ではないと言葉は発せなかった。俺のはっきりしない態度に業を煮やした釘崎が、「伏黒、あんたがなまえを部屋まで運んだら?」と提案してくれたのは幸いだった。その言葉にホッとしたくせに何とも思っていないフリをして「わかった」と告げる。


「それなら俺運ぼうか?」
「虎杖、あんた空気読みなさいよ」
「へ?空気?」
「釘崎、いい」
「なんだよ〜!もうなまえ運ぶからな」


虎杖がなまえの頭の下と膝の裏に腕を差し込んで抱きかかえる。たったそれだけのことなのに、普段穏やかでさざ波のような心が白い泡を伴い大波となって押し寄せる。虎杖の行動の全ては善意によるものだと分かっているのに。

その日の夜は、よく眠れなかった。目を瞑ればなまえを運ぶ虎杖の姿が思い浮かぶせいだった。抱えきれないなまえへの思いを、俺はどうしたらいいんだ。そんなことを考えていたら、朝になっていた。今日も、なまえとも虎杖とも顔を合わせる。いつものように、変わらぬ自分を装う。それは、いったいいつまで続くんだろう。