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回収を頼まれていた書類を一年全員分回収し終えて、職員室に赴いた。が、担任の五条先生は不在。近くに居た日下部先生に「五条先生って任務ですか?」と聞けば、職員室内の黒板を確認して「いや、任務は入ってないから敷地内にいるはず」との返事。書類を手に、一度教室に戻るか、先生を探すか考える。「用事あんなら呼び出すか?」と言われたが、それを断り、職員室を後にした。五条先生が居る場所は一か所だけ心当たりがある。そこに行ってみて、不在なら諦めて教室に戻り、午後からもう一度職員室を訪れてみよう。

五条先生が校内でゆっくりできる場所は、ここしかない。そんな確信を持って地下室への扉を開く。カンカン、と歩く度に音を立てる階段を降りると、大きなテレビとソファが見えた。それと同時にソファから長い脚がはみ出ているのが見えて、あぁやっぱりここに居たんだと思った。わたしの勘は外れていなかったのだと。


「五条先生?」

声を掛けるも返事はない。眠っているのかとソファの傍らに腰掛けて、反応を待つ。起きて欲しいと願う傍ら、普段働きすぎなのだからもう少し休んでほしいとも思ってしまう。もどかしい。頭の中を巡る感情と葛藤していたら、手に力が入っていたらしく預かっている書類に皺が寄っていた。いけない、と思い、傍らのテーブルの上に書類を置いて手のひらで伸ばした。完璧とまではいかないまでも、それなりに形が整ったところで再び五条先生に向き合う。静かな寝息は安眠の証拠と普段まじまじと見ることのできないその姿を瞳に焼き付けた。


「先生、わたし、ここに居るよ?」

ツンツンと起きないようにそっとうるつやな唇に触れる。目隠しで目元が隠れていてよかった。五条先生が目が覚めても、すぐにわたしのこの恥ずかしい行為が見られることはないから。それでも五条先生が起きる気配はなく、気持ちが大胆になる。指先で唇の形通りになぞる。今ならきっとキスしてもバレないんじゃないか。とそんな思いが湧きたった。


「せんせ、起きて?」
「……」
「わたしここに居るよ?」
「……」
「起きないとチューするよ?」


起きてくれればいいのに、と願いながら、今度は先生の身体の上に頭を乗せた。先生の心臓の音が聞こえてくる。自分のものとは違うそのリズムはなぜか心地いい。幼い頃から誰よりも近くに居たせいだろう。宿儺のことが好きと言ったことも、嫌いと言ったことも、全部、本当は自分の気持ちを誤魔化すためのものだったんだよ?先生ちゃんと気づいていた??


「……あれ?なまえ?」
「先生、やっと起きた」
「なにしてんの?」
「心臓の音、聞いてた」

ただの親戚だって、意地張っててごめんね。やっぱりわたしには先生しかいないから、好きでいてもいいかな?だってもう、わざと強がるのも意地張るのも疲れちゃったから。


「あのね、先生、わたしね、先生のこと好き、みたい」
「本気?」
「急に言われても信じられないよね、だってわたし」
「そんなのいいから、本気って聞いてるんだよ」
「……本気だよ」
「いつから」
「物心ついた時からずっと」
「そっか、もっと早く言えばよかった。僕の気持ち」
「え?」
「僕も、なまえが、好きだよ」

初めて、自分に素直になった日。わたしは、先生も同じ思いをしているということを知った。わたしたち、ずっと、すれ違ってただけで、両想い、だったんだね。




「っていうことだと僕は思ってるんだけど、七海どう思う?ちなみにタイトルは『先生、好きになってもいいですか』だよ」
「正直、ありえないですね」
「えーー全然あるでしょ」
「気持ち悪いです」
「七海のそういうとこ嫌い」
「それは良かったです」


呆れた表情で、七海は提出するための書類にペンを走らせる。まぁ、七海に分からなくても別にいいんだけど。なまえの気持ちは僕が、僕だけが分かってればいいんだから。