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「は〜〜疲れた」
「しゃけ〜〜」

任務を終え、移動車に乗り込む。やっと一息、と言ったところで、棘先輩とわたしが同時に息を吐いた。運転をしてくれている補助監督が「お疲れ様です」と声を掛けてくれる。うん、本当に疲れたよ。

今日の呪霊は心霊スポットにされているトンネルの中に居た。ただでさえ山道を走ったせいで車酔いしてたのに、トンネルの中は空気が篭っていて更に気分が悪くなった。しかも天候は雨。ダメ×無理×ダメはしんどいの塊だ。それにも慣れなきゃいけない。そんなことは分かってる。でも、しんどいものはしんどいのだ。


「服から変なにおいがする気がする」
「こんぶ?」
「マジです、マジ」
「いくら?」
「いやー棘先輩はいい匂いすると思いますよ?」

生乾きの洗濯物の匂い、と例えればいいのだろうか。そんな不快なにおいが車内に漂っている気がする。返り血も浴びていない。毒的なものをくらったわけでもない。つまりこの匂いは、わたしたちから漂っているのだ。棘先輩が自分の匂いかも。と心配そうな表情を浮かべる。そんな可愛い顔してる人間から漂う匂いじゃないので、絶対わたしの匂いだって確信した瞬間だった。


「ツナマヨ!」
「無理無理無理です、絶対犯人わたしですから!」
「おかか!」
「うめぼし!」
「おかか!」
「いくら!」
「おーかーか!」


棘先輩が匂いを嗅がせてほしいって言ってくるから、パンダ先輩よろしくわたしもおにぎりの具しか話せませんを装ってみたけど、棘先輩は折れなかった。そんなに意固地になるほどに匂うのだろうか。しんどい…


「じゃあ、じゃあ、せーので嗅ぎあいっこにしましょう?」
「しゃけ」


最大の譲歩は、それだった。お互いの身体を近づけることによりどっちから匂っているのか誤魔化そうというわたしの浅はかな策略だ。「「せーの(たらこ)」」と声を掛け合い、まるで抱き合うのかというくらいお互いの身体を近づける。近づきすぎて首に鼻が当たってしまった、と思ったら、わたしの首筋にふーっと息が吹きかかる。びっくりしてくすぐったくて首筋を抑えて、咄嗟に距離を取ってしまう。匂いどころじゃなかった。ずるい。理不尽。おかかおかか!!


「何してくれてるんですか!」
「いくら、高菜」
「もう〜〜〜!五条悟みたいなことやめてくださいよ」


わたしから嫌なにおいがするわけない。そう棘先輩は言ってくれた。バシバシと棘先輩の肩を叩いて抗議を示す。棘先輩はケラケラと笑うだけで全く動じないけど。こっちは乙女なんだ、お手柔らかにお願いしたい。


「すみません、めっちゃ言いにくいんですけど」

わたしと棘先輩がわちゃわちゃと争っていると、運転していた補助監督が徐に口を開いた。なにかと思って問いただせば、わたしたちが任務をこなしている間に地元の名産品を購入していたらしい。匂いの原因は多分それだと。もっと早く言って欲しいという気持ちと、人が命がけで任務をこなしているのになにしとるんじゃという思いが湧きたった。けれど、もう今更責めたところでどうしようもない。「とりあえず窓開けますね」と言われ、少しだけ開かれた窓。隙間からはぽつりとたまに雨が入り込んでくる。今日のところは原因が自分ではなくて良かったということで終わりにしたいと思った。