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今日は寮内が静かだな、と思ったら、わたしと悠仁以外の人が任務に出掛けているらしい。野薔薇は真希さんと、恵は棘先輩と、パンダ先輩は夜蛾先生と任務。仲間外れに似た気持ちを抱いて、お昼ご飯はどうしようと途方に暮れながら部屋を出た。談話室か食堂に行けば、何か食べるものにありつけるかもしれないという浅はかな考えが根底にあった。が、その期待はあっけなく裏切られた。保存食的なものは壊滅。冷蔵庫の中には飲み物しかない。

今日は食堂は休み。つまり、食事は街に出るか坂を降りた先にあるコンビニ行くしかないということになる。そこまでして食べたいか?と聞かれると微妙な所。食べるものがあれば食べたいけど、労力をかけてまで食べたいわけではない。



そして、そこに現れたのが、救世主。虎杖悠仁だった。


「ゆーーーじ!」
「おっわ、なになに?」
「ごはん食べた?」
「まだ!なんかあるかな?と思ってきたんだけど」
「なんにもないよ?なんにもなかったよ?」
「まじかーー」


がっくりと悠仁は肩を落とす。まるで数分前の自分を見ているようだった。だが、相手は自分ではない。悠仁なのだ。生活力の差は悠仁>わたし。わたしには何も思いつかなかったけど、悠仁ならなにか作れるのかもしれないと期待の目を向ける。


「…ほんっとになんにもねぇ」
「悠仁でもダメか」
「俺でもダメってどういう意味?」
「わたしには何も思いつかなくても悠仁なら何か作れるんじゃないかなぁって思ってたの」
「思ったよりすげぇ期待されてた」


笑いながら悠仁が次の戸棚を開いて、中に何もないことを確認して閉じる。悠仁はどうするのかと次の言葉を待っていると、「なまえはどうすんの?」と聞かれた。どうやらお互い同じことを考えていたらしい。そういうのってちょっと嬉しい。同じことを考えていたってこともそうだけど、こういう時に自分が決めた後に「どうする?」って聞いてくる人もいるから。悠仁はこういう時に、わたしの意見も尊重してくれるってところが、やっぱりちょっと嬉しい。


「悠仁の作ったご飯食べたい!」
「今から〜?」
「なら宿儺に会いたい」
「なんでだよ!」


わたしの突拍子もない返しにもきちんと突っ込んでくれるのは悠仁らしい。ん〜、と顎に手を添えながら、悠仁は考え込む。わたしも真似して同じポーズをして考えるフリをする。真似されてるって気づいた悠仁は、「そーいうことしないの」と大人な対応を見せた。


「悠仁困るかもしれないけど、悠仁と一緒ならなんでもいいかなって思ってる」
「それすげー困る!」
「悠仁は何食べたい?」
「ラーメン!」
「ならそれ食べに行こ?」
「いいの?なまえは他に食いたいのない?」
「だから、悠仁のご飯」
「はいはい、なら夜飯は俺が作るわ」
「わたし手伝うー」
「伏黒たちも夜には帰ってくるだろうし、せっかくならみんなで食おうぜ」


買い物手伝えよ、と言って悠仁がわたしの背中にぽん、と手を置いた。悠仁は人との距離が近い。だからかな、触れてくる回数も多い気がする。それが自然過ぎて全然不快な気持ちにはならない。それどころか穏やかな気持ちにさせてくれる。人の気持ちは伝染するという。それが本当ならきっと悠仁は穏やかな心を持っているんだろうな。一緒に居ると優しい気持ちになる。


「……なまえ?」
「ごめん、考え事してた」
「5分後にここ集合でいい?」
「大丈夫、準備してくるね」


どうか、悠仁が穏やかな心のまま長生き出来る未来が続きますように。