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今日のトレーニングを終えて、傍らのベンチに座った。遠くの空では夕日が大地に吸い込まれていくところで、今日がもうすぐ終わることを告げている。


「ツナマヨ?」
「あ、棘先輩。お疲れ様です。任務帰りですか?」

確か今日は二年生は全員任務だから一年だけで適当にやっといて、そう言い残して消えたのは一年の担任、五条悟だった。だから、今日は棘先輩に会うことはないと思ってたのに。様子を見に来てくれたのかな?とちょっと嬉しくなって、にまにまと緩んでしまう頬を両手で抑えた。


「明太子?」
「あ、どうぞどうぞ!」
「しゃけしゃけ」

座ってもいい?との棘先輩の言葉に少し身体を動かした。グラウンドの真ん中ではまだ悠仁と恵がトレーニングを続けている。野薔薇は時間になったらさっさと自室へと帰ってしまった。


「まだやってますね、あの二人」
「しゃけ」
「体力おばけですからね〜」
「高菜」
「あーー二年生もかぁ、真希先輩とか体力すごいですもん」


一般で言えば棘先輩も身体能力が低いわけじゃない。けど、高専で、真希先輩とパンダ先輩に挟まれればそれは別の話になる。憂太が居ない今は、棘先輩とわたしの立ち位置って結構似ているんじゃないかなって思う。そんな自分勝手な分析をしていると、棘先輩がわたしを見てふふ、と笑った。棘先輩の周りはいつも空気が穏やかで、ホッとする。


「あ〜〜甘いもの食べたくなった〜」
「おはぎ?」
「え!棘先輩おにぎりの具以外にも語彙あったんですか!?」
「しゃけしゃけ!」
「分かってますよ〜!なんか棘先輩もそういう冗談言うんだなって思っただけです」


空を黒が占める割合が多くなってきた。グラウンドの二人はまだ終わる気配がない。はぁ、と諦めに似たため息を零して立ち上がる。「そろそろ寮戻りますか?」と棘先輩に声を掛けて。


「そういえば棘先輩どうしてここ来たんですか?」
「ツナツナ」

そう言って持っていた紙袋の中から小さなプラスチックケースを取り出す棘先輩。中身はすっごいかわいい練り切り。「かわいい〜」と言えば、「ツナマヨ」と言ってわたしにそれを差し出す。


「わたしに?」
「しゃけ!」
「やったー!ご飯の後で食べよう!あ、悠仁たちも呼びます?」
「おかか」


両手で大きなバツを作った棘先輩は、小さな紙袋ごとわたしにくれた。そして「なまえのぶんだけしかない」と耳元で囁いた。「ありがとうございます」と紙袋を受け取ると、棘先輩は「すじこ」と言ってにっこり笑って私の頭を撫でた。

わたしの顔が赤いのは、きっと夕焼けのせい。だからもう少しだけ夜にならないで。