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「虎杖、ちょっといいか?」
「伏黒じゃん、めずらしい。どったの?」
「話、話がある」
「おー、とりあえず入る?」


深夜と呼ぶにはまだ早い時間、部屋のドアをノックする人物がいた。「どうぞー」とベッドに寝ころびながら声を掛ける。ドアの向こうから現れたのは伏黒だった。


「真面目な話なんだが」

そう言う伏黒の表情はいつもより真剣で。さすがの俺も身体を起こして、床に座る伏黒の隣に腰掛けた。スーハーと深呼吸のような動作をした伏黒は、俺の目を見て「なまえのこと、だけど」と薄い唇を上下に動かした。


「なまえ?」
「虎杖はなまえのことどう思ってる?」
「どうって、どう?う〜〜ん」
「俺は、なまえが好きだ」


普段から鋭い伏黒の目が、射抜くように俺を見た。その時、ようやく気付いた。これは牽制なんだって。なまえは宿儺が好きだから、なまえと宿儺を近づけないようにして欲しいってことなんだろうなぁ。


「よし、伏黒、宿儺のことは俺に任せろ」
「…?」
「なまえと宿儺を近づけなきゃいいんだろ?」
「……そうじゃねぇよ」


お互いが頭にハテナを浮かべていたと思う。俺は伏黒の意図が読めなくて、伏黒は俺に向けて何言ってんだ?みたいな顔をしていた。ん?宿儺の話じゃねぇのか。だったらなんだ?
頭の中をフル回転させても答えは見つからない。俺がバカなせいなのか、伏黒が確信を言ってくれないからなのか。伏黒からの言葉を待っていると、伏黒は納得したようにハァ〜〜と深く息を吐いて、俺の肩を掴んだ。


「俺が今日ここに来たのは、」
「来たのは?」
「なまえとお前の距離が近いと思ったからだ」


想像もしてなかった言葉が伏黒の口から放たれて、さっきよりもポカンとした間抜けな表情をしていたと思う。全く理解できない俺に、伏黒は言葉を続ける。チクリチクリと棘のある言葉を伏黒は口にした。


「で、この前の鍋の時も、」
「あ〜〜うん、わかった。分かったよ、伏黒」
「めんどくさくて悪い」
「伏黒の気持ちは分かった。けど、同級生なんだし一言も話さないとかは無理だ」
「それは分かってる」
「つーか、今まで通りじゃダメなん?」
「虎杖がそうしたいならそうしたらいい」


分かったような分からないような複雑な気持ちだった。
多分、俺と伏黒との性格の違いなんだろうけど、俺としては好きなら好きで告白すりゃいいんじゃないかって思っていて。実際、自分ならそうすると思う。だから、煮え切らないで、こっちにばっかり要求をしてくる伏黒が腑に落ちない。


「わかんねぇから、聞いてもいい?」
「なんだ?」
「伏黒はなまえとどうなりたいわけ?」


俺の問いかけに伏黒はまた口を紡ぐ。
それにイラついてしまった。「俺がなまえを幸せにする」とか「誰にも渡したくない」とか「彼氏になりたい」とかそういうんなら分かるんだけど、伏黒がどうしたいってハッキリ言ってくれないなら、俺もどうにもできない。


「伏黒ごめん、俺、俺の好きにする」

そう言い放った。伏黒は何も言わなかった。二人の間に微妙な空気だけが流れた。「分かった」と言って伏黒が立ち上がる。俺ももう何も言わなかった。