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「伏黒、アンタ言う気あるの?ないの?」
「…それは」
「ないならあんな風に感情出すのやめろよ」
「悪い」
「ダッツで許す」
「忘れてなかったから買ってくる」
「忘れんなよ」


呪具置き場である倉庫に釘崎と向かう最中、釘崎がだるそうに口を開いた。連れ出して貰えてよかった。今の俺が宿儺に勝てないことは分かっている。けど、あぁも直情的に煽られたら、こっちも簡単に引けなかった。


「さっさと言えばいいのに」
「簡単に言うな」
「横からかっさらわれてもいいの?」
「誰にだよ」
「虎杖、とか?」


釘崎に告げられた一言に、つい先日の虎杖との出来事を思い出した。あれは結局どう解釈したらいいのか、未だ分からないままだった。好きにするっていうのは結局どういうことなんだろう。俺より人付き合いの上手な釘崎なら的確な答えをもっているかもしれない。しかし、個人的なやり取りを他人に話してもいいものなのだろうか。人付き合いを疎かにしてきた俺には、それにすら答えが出せなかった。


「伏黒は難しく考えすぎだと思うのよね」


倉庫に着いて、授業に使うための呪具を二人で探し始めた時、ふいに釘崎が呟いた。考えすぎだなんて考えたことのなかった俺は素っ気なく「そうか」とだけ返した。すると、釘崎は間髪入れず、「そういうところよ!」と語尾を強めて話し始めた。


「虎杖がどうとか、なまえの気持ちはどうとか、そんなくっだんないことばっかり考えてるんでしょ?」
「くだんなくねぇだろ」
「もっとわがままに自分勝手になれって言ってんのよ」
「なってるだろ」
「もっとってことよ。それこそ虎杖に『俺のなまえに近づくな!』くらい言えって話よ」
「……それは言った」
「マジで?」


釘崎は信じられないといった表情で俺を見た。そして、「ちょっと詳しく」と詰め寄られた。そこで、ここ最近あったことを虎杖のプライバシーに関わる部分を除いて釘崎に全て話した。釘崎は、時折口を挟みそうになりながらも俺の話を聞いてくれた。


「なるほどね。つまり宣戦布告したら、され返されたってことか」
「やっぱりそういう解釈でいいんだよな」
「他にどう思うわけ?」
「俺のことが嫌いで嫌がらせとか」
「んなことするわけないでしょ」
「そうか」
「そう考えると今日の宿儺の行動も理解できるわね」


本来の理解力の差なのだろうか。俺には宿儺の行動の理屈なんか全く理解できなかったが、釘崎には分かったらしい。「どういう意味だったんだ?」と聞くが、「そんなこと自分で考えなさいよ」と冷たくあしらわれた。その後、時間が迫っているからと必要な呪具を揃え、倉庫に施錠して教室へと戻ろうというその時、釘崎がまた口を開いた。


「私、アンタの味方しようと思ってたんだけどやめるわ」
「は?」
「なまえに幸せになって欲しいから、誰の味方もしない」
「そうか」
「がんばんなさいよ」


そう言って釘崎は一番軽い呪具を持って先に教室へと戻っていってしまった。残された俺は、重い呪具と重い気持ちを抱えて後を追いかけるしかなかった。