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「寒い〜〜」

今日は午後から1,2年合同の体術訓練。午前中に降り続いた雨のせいで、演武場はいつもより肌寒い気がした。なまえはいつもの定位置と言わんばかりに床に寝ころぶパンダ先輩にくっつき暖を取る。いつもと変わらない風景がここにはあった。



「寒いから夜に食べたいあったかいものの話しよう〜?」
「昼飯食ったばっかだろ」
「恵はすぐそういうこと言う〜〜」
「で?夜はなにが食いたいんだ?」
「ん〜クリーム系?シチューとかグラタンとか」
「確かに温かそうだな」
「でしょ?悠仁に作って貰おうかな」
「…俺が作る」


咄嗟に口から出た言葉に自分でもびっくりした。虎杖に張り合おうとかそういう気持ちがないと言ったらウソになる。けれど、それよりもなまえの嬉しそうな顔が見たいっていうのが先に出た感情だった。なまえはきょと、とした目をして一度ゆっくりとまばたきをして、微笑んだ。「恵が作ってくれるの?」と。


「初心者だから味の保証はねぇからな」
「全然いいよ!なんならわたしも一緒に作る」
「それじゃあ練習にならねぇだろ」
「そっか。なら見ててもいい?」
「好きにしろ」


楽しそうにしているなまえを見てたら、俺が悩んでるちっぽけなことなんかもうどうでもいいような気がしてきて。結局振り回されてんだなって思って。そしてそれも悪くないなんて思って。ヘラヘラと笑いながら「恵の作るご飯食べるの初めて」って言うなまえが心の底から可愛いと思ったし、好きだと思った。



「あの〜〜伏黒さん?」
「!!?」


急にパンダ先輩に声を掛けられて我に返った。そういえばなまえは暖を取るためにパンダ先輩にくっついてたこと今の今まで忘れていた。こんなに存在感あるのに。自己嫌悪と恥ずかしさで穴があったら入りたいとはこのことだと思った。


「俺は何も見てないし聞いてない」
「助かります」
「ただ次は場所選んだ方がいいと思う」
「わかってます。すんません」
「あとで背中ファブってくれればいいよ」
「そんくらい全然やりますよ」


もふもふででも硬いパンダ先輩は風呂が嫌いで、その分ファブって匂いを誤魔化しているらしい。俺はおひさまの匂いしかしないと思うけど、風呂に入らないという行為が女子には許せないらしい。だから最近は念入りにファブっているらしい。なまえと俺とのことといい、パンダ先輩と女子たちのことといい人間関係はやっぱりめんどくさいと思う。でも、最近はその煩わしさもいいのかもしれないと、少しずつ思い始めた。そんな肌寒い秋の日の出来事だった。