限界社畜のレクイエム


 ぴぴぴぴ、と枕元でアラームの機械音が鳴る。
 隣に寝ているココくんとほぼ同時に手を伸ばして、お互いのスマホを確認する。ココくんの手がアラームを止めて、もぞもぞと布団の中に戻ってくる。私も空振りだった手を布団に戻して、ココくんに抱き着いた。
 
「なまえ、オレもう起きなきゃなんねーんだけど」
「いいじゃん、今日はお休みってことで」
「なんでだよ」
 
 ココくんがちょっと表情を緩ませて私の頬を撫でる。この手が大好きだ。たとえその手が血に塗れていたとしても、ココくんを失いたくない私は知らないフリだってできる。
 
「オレの仕事なくなったら困んだろ?」
「困んないもん」
「我儘言うなよ、なまえらしくねぇな」
「…….仕事より大事なことなんか、ないもん」
 
 そう言って、少し背伸びをして唇を合わせる。まだ寝起きだからか乾燥してかさついている唇をぺろんと舌先で舐めるとココくんがくつくつ笑った。その笑顔を見て、また眠くなる。世界に二人だけ居ればいいって思える。ちょっとのお金と、寝るところとココくんが居れば私はそれで充分なのに、バカな私にはそれを伝えるだけの言葉もココくんを説得できるだけの力もなくて、もどかしい。
 
 
「なまえ……?」
 私が寝ぼけていると思ったのか、今度はココくんが顔を近づけてくる。
 ふぅ、っと耳に息を吹きかけられて、ぴくって身体が反応したところで「やめてよ〜」と言葉を口にして、ココくんにまたぎゅうって抱き着いて。ココくんが「やめねぇよ」と言ってちゅ、ちゅ、って私の顔のキスをくれて。
 
「やめなかったらどうなるの?」
「こうなんの」
 
 布団の中で足を絡ませるように擦り付けられ、思わず足を動かしてしまう。あ、これ、えっちするときの感じだ、と思ってしまうあたりやっぱり私はバカなんだ。でもね、バカでいいの。バカだから、こうやってココくんのこと笑顔に出来て、ココくんが仕事のこと考えなくていい時間を作ってあげられるから。
 
「あ、」
「なまえエロい声で出てんぞ?」
「ココくんのせいでしょ」
 
 昨日、情事のあとに気を失うように眠ってしまったせいで私の身体を守るものは何もなくて、ココくんが少し手を動かせば私の気持ちいい部分にすぐあたってしまう。仕返しするように半勃起しているココくんのモノに手を伸ばせば、その手はココくんの手によってすぐに捕らえられてしまう。いつだって主導権は私じゃなくてココくんにある。
 
 
「なまえとシたいのは山々なんだけど」
「けど?」
「オレが仕事行かねぇと仕事しねぇ奴が数人いんだよ」
「うん」
「それにデイトレードもやんねぇとだし、」
「うん」
「オレが居なきゃ書類だってどこにあんのか分かんねぇヤツばっかだから」
「うん」
 
 だからダメ。
 そう言った瞬間、また唇を奪われ、これで我慢しろと言わんばかりに口の中まで全部食べ尽くされるような感覚に襲われる。ココくんの長い髪の毛がぱさりと頬に当たって、それを耳にかける。その動作ひとつさえ様になっていて悔しいけれど、惚れた弱みとはこのことを言うのだろう。仕事より私を優先してくれればいいのに。そんなことを思ったところでココくんの一番はお金だってことは変わらないんだろうけど。
 そして、そこにタイミング悪くココくんのスマホのスヌーズが鳴り響く。これは私にとっての負けと変わりはなくて。しょんぼりな気持ちになりながら、ココくんがスマホに手を伸ばすのを眺めていた。
 
 
「なまえ」
「……なぁに」
「仕事休むのは無理だけど今日は少し遅刻していくことにするわ」
「……ずるい!」
 
 抗議しようと顔を上げる前にぎゅうって思い切り抱き締められる。痛くて苦しくて文句のひとつも言いたかったのに、ココくんの声色がいつもより甘ったるい声色だったので、その気持ちは一気に霧散してしまった。
 だから、そういうところなんだろうなって思う。ココくんの手のひらでお金と同じように振り回されて。それが嫌じゃない私がいちばん厄介でタチが悪い。