限界社畜のレクイエム


ベッドに入ってどのくらい経ったのだろう。家の中から申し訳なさげに物音が聞こえてきて目が覚めた。暗い部屋の中で灯りを求めて手探りでスマホを探す。スマホを手にした瞬間、寝室のドアがかちゃりと開いた。ぺたりぺたりと気だるげに鳴るスリッパの音に、スマホから手を放して狸寝入りを決め込む。きっと彼はわたしを起こしてしまったと気にしてしまうだろうから。

彼がベッドに腰掛けるとギシリとスプリングが悲鳴を上げる。瞼を閉じたまま彼を待っていると、隣に入り込んだ彼がそっと抱き寄せてくれた。冷えた脚を絡めてわたしの頬に手を添えた彼はゆっくりとキスをする。

「なまえ、起きてんだろ?」
「……バレてた?」
「バレバレ」
「おかえり、マイキー」

目を開ければ彼の顔が目の前にあって少し驚く。暗さに馴染んできた瞳が彼と目を合わせて「ただいま」と言う彼を捉えていた。まだ外も薄暗く夜明けまで時間はたっぷりある。
生気の伴わない目の下にある隈にそっと手を伸ばして、指先で撫でる。
再び彼に身を委ねようと口付けようとしたとき、急にはっとして身体を起こした彼がサイドテーブルに置いていたスマホを取ってしまった。せっかくこれからというときに止められてしまい不満の声が出る。しかしそれを咎めるより早く、画面を確認した彼はため息を零した。なにか問題が起こったらしい。


「マイキー?」
「大丈夫だ、気にすんな」
「……誰からの連絡だったの?」

そう問うたとき微かにスマホを握る手に力が入った。眉間にしわを寄せた彼の表情から答えは簡単に予想がつく。それでも問い続けたのは少しでも彼の口から聞きたかったからだ。


「働きすぎ、なんじゃない?」
「……かもな」

一緒に居るのは家に居る間くらいで、仕事をしている彼のことも仕事仲間のこともわたしはよく知らない。
わたしにできるのは心配をすることと、一緒にいるときに負担を与えないことくらい。


「ねえ、マイキー……」
「ん?」
「なにもしてあげられなくてごめんね」
「……いいよ、十分貰ってる」
「でも、」
「それなら少しだけ甘えさせて」

そう言ったマイキーは私の胸に顔を埋めた。
こうなったら精いっぱい甘えて貰おうじゃないか、とわしゃわしゃとマイキーの髪をかき混ぜれば「なにすんの」と不機嫌そうに私を見上げる。
わたしのせいでぼさぼさになってしまった髪が可愛くて、わたしの中のいたずら心がムクムクと湧き上がってくる。マイキーの口の端に人差し指を置いて、笑え〜と願いを込めて口角を上げる。手首を掴まれ、マイキーと同じ高さまで布団の中に引きずり込まれる。
目の前に迫ったマイキーの顔が悪戯っぽく笑っていて、「オイコラ」と言いながらわたしの額にデコピンを入れる。痛かったからわたしも反撃とばかりにマイキーの耳にふぅっと息を吹きかけた。
すると今度は仕返しと言わんばかりに脇腹をくすぐられる。わたしも同時にマイキーの脇腹をくすぐった。

2人で暴れてしまったせいでベッドの上はぐちゃぐちゃで。それでも、どこか満足感があって、二人でベッドの上で「疲れた」って笑い合った。
横を向けばマイキーもこちらを見ていて、どちらからともなく唇を重ねた。

「ねぇマイキー」
「ん?」
「次はいちゃいちゃしよっか?」
「なまえがしたいだけだろ」
「違うもん!マイキーのこと大好きだから、もっと触れたいの!」
「はいはい」
「もう!適当に返事しないで!!」
「あーうるせぇ」
「ちょっと、こっち向いてよ」
「いいから、もう黙れ」

ぎしり、と音を立ててマイキーがわたしに覆いかぶさってくる。わたしは彼の背に手を回して、その温もりを感じていた。
深夜2時、わたしたちの夜はここから始まる。