Episode.1


頭の中に残っているのは、ひどく甘く私を呼ぶ声と壊れないように優しく触れるごつごつした手のひらだった。


「なまえ…」

彼が私の名前を呼んで、それに応えるように私が顔を近づければ、リップ音を立てて唇がくっついて離れた。私は彼の上に乗ったまま、ただ自分が気持ちよくなりたい一心で腰を振り、彼の手は支えるように腰に添えられていた。






ピピピピ、いつものようにスマホのアラームの音が明るくなった部屋に鳴り響く。手探りで、スマホを探していると、耳元で「アラーム止めたよ」と声がする。ありがとう、と声を掛け、再び瞼を閉じた。



「た、た、た、た、たかちゃん…?!?!」
「あ〜起きちゃった。もう少し寝顔見てたかったのにな」
「な、なんで?え?わたし裸?え??たかちゃんも裸!!?なんで??」
「なんでって昨日したからだろ。セックス」
「……覚えて、ない」
「ふ〜ん。それなら再現する?最初から」


覚えてない、そう言った言葉はその時点では嘘ではなかった。けど、身体を起こして、たかちゃんと会話を続けていくうちに断片的に記憶は蘇っていく。少しずつ、少しずつ、パズルのピースを嵌めるように。
私が脳内で完成しないパズルを組み立てていると、たかちゃんが起き上がって私の髪を耳に掛けた。この手のひら、覚えてる。昨日もこうして、髪を耳に掛けられて、「なまえ」ってたかちゃんが私の名前を呼んで、顔が近づいてきて、キスされて。


「なまえ、目ぇ瞑れよ」
「え?」
「キスしねーの?」
「し、し、しない」
「しよ?」


デジャヴっていうんだっけ、こういうの。顔を傾けてたかちゃんの顔が近づいてくるこの光景を、私は前に見たことがある。近づいてきて触れた唇は優しくて。目と目が合って、たかちゃんは「なまえ、好きだよ」と言って笑った。

お兄ちゃんがまだ生きてた頃みたいに、無邪気な笑顔で。