限界社畜のレクイエム


 それはとある土曜日のこと。
 どうしても金曜日に終わらなかった仕事をやっつけるために休日出勤を終えて早めに帰宅した私の目に入ってきたのは、ソファで眠るたかちゃんだった。デザインの締め切りがあると言って、部屋に籠りきりだったけどこの様子からして仕事は終わったらしい。私の予想では、仕事が終わってシャワーを浴びたまでは良かったけど、ベッドに行くまでには至らずここで力尽きてしまったんだろう。大きさの足りていないハーフサイズのブランケットに包まって小さくなっているたかちゃんがそこにはいた。
 
 ……可愛すぎる。
 
 まるで八戒のような言葉が口から出てしまって、慌てて口を手のひらで覆った。
 可愛いものは可愛い。しかもこんな無防備に寝てるたかちゃんは一緒に暮らしていたとしてもレア中のレア。思わずスマホを取り出して写真を撮ってしまった私は悪くないと思う。だって、あまりにも可愛いすぎる。あとで待ち受けにしよう。たかちゃんにはバレないように。
 
「ん……」
 
 寒そうにもぞりと動いたたかちゃんがまた少し身を縮めた。
 たかちゃんを起こさないように気を付けながら寝室にあるクローゼットの中に入れてある私専用の箱の中から一枚毛布を取りだしてリビングに戻る。そのまま静かにたかちゃんの上に掛けて、たかちゃんの顔が一番見える場所に腰を下ろした。すぅすぅと小さな寝息を立てるたかちゃんは、今なら何をしても起きなさそうで、私の中の悪戯心がムクムクと膨らんでいく。
 
「……だいすき」
 
 そっと手を伸ばして頬に触れれば、むず痒そうに顔を歪めるたかちゃん。そんな姿を見ていたら無性にちゅーがしたくなってしまった。ゆっくりと顔を近づける。吐息がかかる距離になって、そこで一度動きを止めて目を閉じた。……で、ここからどうすればいいんだっけ? いつもたかちゃんからされるばっかりで、自分からしたことはほとんどない。その数回もたかちゃんが「どうぞ」と待ち構えている所に上げ前据え膳でさせて貰っていたわけだから、こういう状況に慣れていなくて正解が全くわからない。とりあえず顔を傾けてそっと唇を重ねた。ふにっという感触がして、びっくりしてすぐに離れた。うわぁ、なんだこれ。恥ずかしい。自分の心臓の音が大きく聞こえる。
 
 それで満足して「よし!」と気合を入れて立ち上がる。
 着替えて、シャワー浴びて、たかちゃんが寝てるうちに、ご飯を作ろう。気合いを入れたところで歩きだそうとするも、服の裾がくんっと引っ張られる感覚がする。何かと思って下を見ると、いつの間にか目が覚めていたのか、眠そうな目でこちらを見上げるたかちゃんの姿があった。
 
 
「もう終わりかよ?」
「あ、え、もしかして、起きてた?」
「まぁな」
「い、いつから?!」
「なまえ が帰って来た時から」
 
 恥ずかしくて、さっさとここから逃げ出したくなったけど、たかちゃんの手は私の服の裾を掴んだままで逃げられそうにない。
 観念して、たかちゃんの顔の前に座って「ただいま」と告げる。すぐに「おかえり」の言葉がふにゃっとした笑顔と共に返ってくる。服を掴んでいた手が背中に移動して、抱き寄せられた。久しぶりに感じるたかちゃんの温もりはやっぱり心地よくて、離れたくないと思った。
 
 
「仕事……終わった?」
「ん、だから今日はいっぱいなまえ のこと甘やかしてやれんだけど、どうする?」
「それ答えなきゃダメ?」
「なまえ の口から聞きたい」
 
 不意打ちのように、顔中にキスされてそんなこと言われたら、普段なら口にしないような言葉がとまどいもなく溢れ出てしまう。
 
「たくさん甘やかしてほしい……」
「朝まで?」
「朝まで……」
 
 言い終わる前に口を塞がれてしまったせいで最後まで言えなかったけど、きっと伝わっただろう。だって、耳元で楽しそうに笑う声が聞こえたから。