「すみません、遅くなりました」

私としたことが、色紙を補充するのを忘れていて、呪霊に対し防戦一方だった。あわやピンチというところで、七海が駆けつけてくれて事なきを得た。ギリギリだった。気が入っていない。このままじゃいけないと自分でも思った。呪術師が呪霊を祓えないなんて名折れでしかない。


「なにかありましたか?」

呪霊に受けた傷の応急処置を受けながら、七海に問われる。気遣いの塊であり出来る限り他人に干渉しない七海にそう言わせてしまうほど、今の私はグズグズだ。仕事にプライベートを持ち込み、あわや命の危機。首を横に振った。仕事にプライベートは持ち込んではいけない。七海はすぐに「そうですか」と納得したフリをしてくれた。


「もう血も止まったし大丈夫です、戻りましょう」
「なまえさん。余計なお世話ですが聞いてもらえますか」
「な、なに?」
「五条さんと付き合い始めたと聞きました」
「はい」
「やめておいたほうがいい」
「はい?」
「あなたには手に負えない」

何を言われるのかと身構えていたら、届いた言葉は七海なりの優しさだった。そうだねと返す。七海は高専の頃の私を知っている、けど全てを知りたがる下世話な男ではないのでどこまで知っているかは分からない。こういう時の判断を間違う人間ではないことだけは確かだ。


「禅院甚爾を殺したことを許せるんですか?」

瞬間、身体が冷えた。ずっと考えず向き合わずしていたことを突き付けられたからだ。現場に居たわけでもない、甚爾さんの死体を見たわけでもない私は、その事実をどこか非現実なものとして捉えていた。甚爾さんは死んだ。悟が殺した。虚無ばかりが私を包み込む。

心臓に牙が食い込む。
痛い?辛い?違う、痛くもないし辛くもない。そこにあるのはただの空っぽのなにかだった。


あなたの居ない雨上がりに




きちんと甚爾さんを弔おうと思った。

花屋の店員さんに「どんなものにしますか?」と聞かれて、迷わず真っ赤なバラを選んだ。弔うための花でも甚爾さんに菊は似合わない。強い大輪のバラが似合う。ついでにコンビニで甚爾さんの吸っていたタバコと缶ビールを2本買った。写真嫌いの甚爾さんの写真なんかないから、その代わりに。甚爾さんに「買ってこい」って言われても「売ってもらえないよ」と文句言っていたのがまるで昨日のようなのに、今の私は年齢確認されることなく購入できた。

これが月日が過ぎるということなのだろうか。
空に浮かぶ月は半分ほど欠けていて、それでも私の歩く道を照らしていた。

家に着いて、電気を点けて花を飾る。花瓶じゃなくて、捨てようと思っていた透明の瓶に。それを月が見える窓際に置いて、近くにプルタブを倒した缶ビールを置いた。自分の分も蓋を開けて、煙草に火を点ける。口の中に広がる苦みは甚爾さんとのキスの味に似ていた。


「甚爾さん、私、大人になったよ。」

その声は届かないけど、せめて煙が届けばいいなと深くタバコの煙を吐いた。これでさよなら、ですね。甚爾さんの分と用意したビールの中にタバコの吸いさしを沈めた。




※ 缶の中にタバコ捨てたらダメです。真似しないでください。