クローゼットの奥に仕舞っていた屠坐魔の封印を解いた。
私の元で使われず置かれているくらいなら、誰かに使われた方がいいと思えたからだ。屠坐魔は箪笥の肥やしにするには強すぎる。


「悟、おはよー」
「なまえ、昨日、連絡したんだけど」
「ごめんごめん、早く寝ちゃって」
「それならいいけど」

納得していなさそうな口調で悟は納得したフリをして見せる。相変わらずのあまのじゃくっぷりに口元が緩んだ。子供みたいな大人だなぁ、悟は。鞄の中から屠坐魔と取り出して悟に手渡す。「なにこれ?」と受け取った悟は、すぐにそれが何なのかを理解して「どういう風の吹き回し?」と私の本心を探ろうとする。


「もう要らないから」
「は?」
「私が持ってるより真希とかに使わせてあげて」
「なら恵に使わせる?」
「相変わらずいじめっ子だね、悟は」


絶妙に顔を歪ませて悟を見る。これは一種の断捨離。気持ちも思い出も一緒に捨ててしまいたいだけだから、屠坐魔を恵が使おうと真希が使おうと所有権を放棄した私にはどうでもいいことだった。恵に渡すのは悪趣味で、性格疑うけど。


「好きにしていいよ」
「ふーん」
「なにその顔」
「なんで急にそんな考えになったのかと思って」
「知りたい?」
「……なまえもそこそこいい性格してるよね」
「お互い様でしょ」
「あ、夜時間空けといてよ」
「はいはい〜」


残照が落とす影の傍らで



午後からは偵察任務だった。伏黒くんの実践訓練の現場、今回は私が補佐となる。
甚爾さんへの感情を抜きにしたら、伏黒くんはとても優秀な子だった。繊細なところはあれど、禅院家の相伝術式を持ち、身体能力も低くない。真面目な性格ゆえ、融通が利かないところはあれど、傑と比べれば可愛いものだ。


「受け取ったデータによるとこの辺ですよね」
「そうだね」
「残穢感じませんね」
「うん。伏黒くんはどう思う?」
「条件があるかと」
「正解。ならどうしたらいい?」
「情報収集ですか?」
「うん、それを窓の人がしてくれて、それでも何も出てこなかった」
「…餌を撒く、ですか」


私が出した問題提起に対して、すぐに答えを示してくる伏黒くんは本当に出来る子だと思った。高専に在籍している生徒、それに卒業生を見ても、大概どこかひねくれていて、こういう真っ直ぐな子は貴重だなぁと口元が緩む。
餌を撒くの言葉通り、伏黒くんは玉犬を呼び出す。それと同時に私は帳を下ろして様子を伺う。しばらくすると、呪力に引き寄せられて呪霊が近くの祠から姿を現した。


「倒しちゃってもいいんですよね」
「どうぞ」

私の返事を聞き、伏黒くんは印を結び鵺を呼び出す。状況判断も性格で早い。あっという間に呪霊を祓った伏黒くんは、他に呪霊が居ないかの探索を玉犬に頼む。


「伏黒くん任務初めてだよね?」
「はい」
「その割に手慣れてるね」
「五条先生の任務に連れていかれたことはあります」
「……あいつ」

頭の中に悟のドヤ顔が浮かんで若干イラっとした。先に教えておいてくれればいいのに。まるで逐一私の反応を楽しんでいるかのようで、悟のそういうところはやっぱり慣れない。適当そうに見えて、やることやってるところも。適当そうに見えて、ちゃっかり先生やってるところも。


「もう他にはいなそうですね」
「そうだね、目撃情報とも一致するし帳も上がったし」

私の言葉を合図に、玉犬と鵺は影に戻った。
私が教師として伏黒くんにしてあげられることはなんだろう。そう考えて、私が教師を目指した理由を思い出した。『自分のような間違いを起こす生徒を生み出さないため』だ。


「伏黒くん、迎えが来るまで話しておきたいことがあるんだけど」
「なんですか?」
「伏黒くんが私を一発で嫌いになる真実」


訝しげに私を見る伏黒くんの身長は私より大きい。真実を受け止められても、そうじゃなくても、これは必要な説明だ。そう自分を納得させた。どうか、この選択が間違いではないことを祈って。