「嫌いになんてなりませんよ、多分」
「言い切るね」
「なまえさんなら、人殺してたとしても理由があるんだろうって思いますけど。」
「呪術師だし人を殺したこともあるけど」
「なら、多分なんでも受け入れられると思います」


私の言葉に臆するでもない伏黒くんは、真っ直ぐと私を見据える。そうやって怖がることもなく、人の目を見る姿はやっぱり甚爾さんそっくりだ。甚爾さん抜きにして、私は伏黒くんのことを考えられない。そのくらい甚爾さんは大事な人。


「私、あなたのお父さんと付き合ってたの」
「そうですか」
「そうですかって感想それだけ?」
「はい、自分の親に興味ないんで」


そんなことどうでもいいことだ、と全く意に介せず、伏黒くんは声色一つ変えず言葉を綴る。それにどこかホッとした自分が居た。嫌われたいと思っていたくせに、嫌われていないと分かってホッとするなんて矛盾している。もっと伏黒くんのことを悟から聞いておけばよかったと、後悔した。甚爾さんが生きていた頃の話、甚爾さんが死んだあとの話。どうしてちゃんと聞かなかったんだろう。聞いておけばもっと早く甚爾さんのことを忘れられていたのかもしれない。甚爾さんは伏黒くんを生んだ女性を愛していて、だから自分の遺伝子を残すために子供を作って、私はそうはなれなかった。それが現実で、リアル。


「なまえさん」
「……なに?」
「俺と俺の父親って似てますか?」
「…似てるよ、すごく」
「良かった」
「は?」
「今初めて、あいつの遺伝子に感謝してます」

伏黒くんは伏し目がちにそう言って口角を上げた。もうこれ以上、私は彼に何か告げることはできなかった。口を開けば開いただけ、甚爾さんへの思いが溢れてしまいそうだった。忘れたと、過去にしたと思っても、それは思い込みの部分がやっぱりまだ強い。タイミングよく補助監督の迎えが到着した。もうこれ以上会話をしなくていいとホッとした。

やっぱり伏黒くんは苦手だ。


滲んだ気持ちのその先に




高専に伏黒くんを送り届け、私もそのまま直帰した。伏黒くんはまだ何か話したそうにしていたけれど、もうこれ以上傷を抉られたくなかった。かさぶたを被せただけの記憶は脆い。どうぞかさぶたを剥がしてください。そんなこと言えない。

部屋の前に着いて、大きな人影を見つけた。私の姿を見つけて、すぐに立ち上がって「遅いよ」と儚く笑う。まだ夕方だというのに、悟はどれだけ急いでここに来たのだろう。何かに必死な悟の姿は珍しく、そのギャップが心臓の鼓動を早くした。

「中に入ってればよかったのに」
「そっか、そうだよな」
「悟、大丈夫?疲れてる?」


鍵を取り出して、玄関のドアを開ける。家の中に入れば悟も続いて部屋の中へ入ってくる。何度も経験したことなのに、その動作がくすぐったい。ソファの傍らにスプリングコートと鞄を置いて、冷蔵庫に向かう。少しでもいつもと違う動作をしたくなかった。頭の中に悟のキスが蘇って、夢か現実か分からなくなりそうで怖かった。ビールのプルタブを倒して、胃の中にアルコールを流し込む。


「なーに一人で飲んでんの」
「悟飲まないじゃん」
「そうだけど、僕にも何かあったっていいじゃない」
「冷蔵庫の中ビールか水しかないよ?」
「じゃーん!だと思って持参してました」

ポケットの中から甘そうなココアを悟は取り出す。なんだこの茶番は。いつもと変わらない風景、いつもと変わらない態度、変わってしまった二人の関係。ソファに腰を落とすと、悟が同じように隣に座る。


「ねぇ悟」
「なに?」
「彼女って何すればいいの?」
「知らないよ。僕だって好きな人と付き合うの初めてだし」
「なんだお互い様じゃん」
「全然違うよ。なまえのは、確実に愛だったよ」


悟が私と甚爾さんとの関係を愛と言ってくれた。私自身ですら、あれがちゃんとした恋愛だったのか自信がなかったのに。喉の奥の方が詰まったような感覚に襲われて、泣きそうになった。涙が出そうになって上を向くと、上から瞼を覆うように悟の手のひらが降ってくる。熱くなった瞼を冷やすように。今はただそれがとても心地よかった。