しん、と静まり返る部屋で悟の心臓の音が聞こえてきた。多少の戸惑いを感じながらも、悟の胸に身を寄せる。さっきよりも大きく音が聞こえてきて、その速さにびっくりした。しばらくして、背中にあたたかい感触がした。抱きしめられていた。安心する。それと同時に困惑する。


「なまえ、落ち着いた?」
「…うん」
「このままくっついてたらちょっとヤバい」
「え、」

言われて気が付く。こんなに近い距離に居たのかと。見上げれば悟の顔があって、私がいるのは悟の腕の中で。この距離は、あの日の地下室の出来事を思い起こさせる。熱を孕んだキスと、そのキスの気持ちよさを。離れた方がいい、そう頭では理解しているのに体がそれを拒む。離れたくない、きっと心の奥底でそう思っているのだろう。


「キスしちゃうよ?」
「…悟」
「そんな目で見ないでよ」
「していいよ?」


言葉と同時に吐いた息を吸う暇もなく、唇が重なった。まるで中学生みたいなキスは、高専時代に戻ったような気持ちにさせられた。見上げれば照れ隠しのように私から視線を逸らした悟が居て、こっちまでくすぐったくなる。


「……もう一回していいか?」
「許可制なの?」
「嫌われたくないんだよ」
「そんなことで嫌わないよ」
「何したら嫌いになる?」
「嫌われたいの?」
「逆だよ、嫌われたくない」

友人としての関係をずっと続けてきて、悟のいいところも悪いところもたくさん見てきた。今更嫌いになることなんて、もうきっとなくて、だから悟がこんなに憶病になっている気持ちを理解できなかった。


「何考えてる?」
「もう一回キスして欲しいなって」
「じゃ遠慮なく」

笑いあいながらキスをした。そのまま抱えられてベッドまで運ばれる。さっきまでたどたどしかったのに、あっという間に服を剥ぎ取られて下着だけの姿にされた。私を脱がせ終わった悟は、自分も上に来ていた服を脱ぎ捨てた。悟の裸体を直視できなくて、床に落ちていく服を眺めていた。


感情を掬い取ったあとに残るもの



セカンドバージンって言葉が一番しっくりきた。
お互い初めてじゃないのに、初めての時みたいに悟は何度も「大丈夫?」とか「きつくない?」とか言葉を掛けてくれた。私も私で、どう反応していいのか分からなくて、手の置き場すら迷ってしまった。
セックスのあと、二人小さいベッドで丸くなった。小さい私は、悟に包み込まれるように抱きしめられながらやっぱり大きなベッドを買おうかなと考える。

「ねぇ、悟」
「ん?」
「幸せってなんだろう」
「さぁね」
「私、幸せになりたい」
「なれよ、じゃあ」
「してくれないの?」
「してやってもいい」


まるで高専の時の悟のような口調で悟は答えた。幸せがなにか、今の私には分からない。けどたった一つ言えるのは、悟なら幸せにしてくれるということ。それは絶対的な信頼。


「なまえも俺のこと幸せにして」

そう言ったあと、返事を待たずに悟は私の額に唇を落とす。正解なんて分からないし、断言も出来ないけど「幸せにしてあげたい」という気持ちは心の中に存在する。これは母性なのか、愛情なのか、はたまた別の何かなのか。

悟と居て、甚爾さんと居た時のような胸を焦がすようなドキドキはない。愛されて、大事にされて。これ以上を望んだらきっとバチが当たる。物足りないわけじゃないし、具体的になにか足りないわけではない。けれど、「あいつの遺伝子に感謝してます」と言った伏黒くんが頭の中から消えない。

甚爾さんは一体いつまで私を捕え続けるのだろう。