キスをしたあと、目を開けると伏黒くんの顔が思ったより近くにあってびっくりした。切れ長の目が私を見据える。その瞬間、恥ずかしさと同時に脱ぎ捨てたはずの鎧が身体の表面を覆っていくのを感じた。教え子に手を出してしまった罪悪感、後悔、そして悟への懺悔。言い表せないものが肩に圧し掛かってきて、重みで潰れてしまいそうだった。


「なまえ先生」
「今の、なかったことに…」
「させませんよ」


口角を上げた伏黒くんが、もう一度顔を近づけてくる。咄嗟に目を瞑ってしまった。くっついた唇はすぐに離れて、またくっついてを繰り返す。呼吸をするために開いた唇からぬるりと湿った舌が入り込んできた。待って、とその肩を押し返す。けれど、逆に頭の後ろを押さえつけられ逃げられなくされてしまった。酸素と同時に奪われていく理性。抗うことのできない現実。流されてしまってはいけないのに


「ふし、…ろくん、いき、」
「まだ、もっと」
「ん、ふ……んん、」

口の端から涎が垂れていくほど夢中にお互いの唇を貪った。もうこれで私と伏黒くんは共犯者だ。キスの時に目を瞑るのは、罪悪感を感じないためだと思った。なにも考えられないのは酸素不足のせいにしてしまおう。でも、高揚していく気持ちも、キスが気持ちいいのも誰のせいにもできない。ただ、私が伏黒くんを求めているから。それが、それだけが理由なのだから。

慣れた手つきで服の中に差し込まれた伏黒くんの手のひらが冷たくて、意図せず伏黒くんの舌を噛んでしまった。「痛ッ」とようやく伏黒くんが唇を開放してくれて我に返る。これ以上は、ダメ。


「伏黒くんごめん」
「それは、何に対してですか?」
「えっと、舌噛んじゃったのと、あと」
「やっぱり言わなくていいです」


身体を起こした伏黒くんが、ひょこひょこと足を引きずってベッドに戻っていく。そして、ベッドの上に座ったかと思うと、「こっち、来てください」と両手を拡げた。私も上半身だけ起こして、首を左右に振った。これ以上悟を裏切れない。


まちがいさがし




「もう一回やり直しますか?」と首を傾けて伏黒くんは立ち上がろうとする。足を痛めてるのに、と、咄嗟に近づいてしまう。諦めて、伏黒くんが座っている横の床に腰を下ろした。これが私の最大限の譲歩だった。なのに伏黒くんはそれでは納得いかなかったらしく、私の後ろに移動して後ろから抱きしめてきた。

伏黒くん、と名前を呼んで、首に巻き付いた腕を払おうとする。それに対して、「離しませんよ」との返事が返ってくる。頑固だなぁと振り払おうとする力を緩める。悟に許されたいとは思っていない。ただ、悟を傷つけたくないとは思っている。


「五条先生と別れてください」
「……うん」
「俺が言ってもいいんですよ?」
「ちゃんと自分で言うから」
「信じます」


耳元で呟かれた言葉を聞いて、唐突に甚爾さんを思い起こしてしまった。もう脳が働くだけのエネルギーはないと思っていたのに、私の脳はどこまでも単純だったようだ。なんとなく膝を抱えてしまう。まるで小さい子供の用に。


「伏黒くんって、キス初めてじゃないよね」
「……」
「なんでそこで黙るの」
「ぶっちゃけて言うと、キスもセックスも経験はあります。ただ好きな人とするのは初めてだったんで、あの、がっついてすみません」


私を抱きしめている手を緩めることなく伏黒くんが呟く。答えはどっちでもよかった。ただぼんやりと頭のどこかに、私が初めてじゃないといいなっては考えていた。だって、私の初めては全部甚爾さんで。その私が、甚爾さんの息子の初めてを奪うのはちょっと複雑だなって思ったから。