あぁ、今日は憎らしいくらい天気がいい。

出勤途中、空を眺めれば雲一つない快晴。昨日、帰宅が遅かった上に考え事をしていてよく眠れなかった私には眩しすぎる。早く影に入りたくて高専への道を急いだ。ふいに、トントンと肩を叩かれた。驚いて、振り返れなかった。すると、「なまえが振り返らないから、頬にぷにってできなかった」と声がした。後ろに居たのは、硝子だった。


「どうした?目の下に隈できてるぞ?五条と付き合い始めて幸せ全開期間じゃないのか?」
「やめてよ、悟と私だよ?」
「なまえと五条だってそうなったっておかしくないだろ」
「おかしいでしょ」
「そうか?五条はそうでもないみたいだぞ?」
「…どういうこと」
「なまえに会いたくて帰ってきちゃった。らしいぞ」


硝子が似てないのに悟の真似をして、きゅるんと音がしそうなポーズをした。ポーズは可愛いのに、表情はいつもの疲れたままの硝子で、私は思わず「似てない」と口走ってしまった。私も悟も傑も高専時代から変わった。なのに、硝子は変わらない。それが、私は嬉しくもあり、羨ましくもあった。私は、他人にすぐ影響されてしまうから。


「悟、どこにいるの?」
「地下室で寝てる」
「そう、分かった」
「なまえ」
「なーに?悟のモノマネは似てないからもうやめたほうがいいよ?」
「違う。なにがあっても、私はお前の味方だって言いたかっただけだ」
「…うん、ありがとう。硝子、私がんばるよ」


私の人生の半分に悟が居たように、私の人生の半分には硝子がいた。なにもかもお見通し、というわけではないが、硝子には私の考えていることは筒抜けなんだろうな、と思った。詳細までは分からないにしても、悩んでることや迷っていることや、私が悟と別れる気でいることを。


「飲みに行くなら誘えよ?」
「私、硝子とは一生ずっと一緒にいる気がする」
「今更だな、私も五条も一生なまえの人生に関わるつもりでいるから安心しろ」


何にも染まらない硝子が、いつだって私の味方をしてくれていることは凶ばかりが続く私にとって唯一の吉報だと思う。「どこに行ってたの?」と分かり切った答えを硝子に投げかければ「朝ご飯買いにコンビニ行ってた」と想定通りの答えが返ってくる。

私と硝子はこれからも変わらずこの関係を続けていく。そう願うし、きっとそうなる。だって、それが必然なのだから。


不定の春





もう逃げない。そう心に決めていたから、悟が眠る地下室へ足を向けた。初めてキスした場所で、悟に別れを告げることがどんなに酷なことか私はわかっているつもりだ。けれど、私はもう伏黒くんへの思いを隠すことはしたくないし、伏黒くんに「別れるって言う」と告げたことを嘘にすることはできなかった。

二人掛けのソファに横になって悟は眠っていた。ソファからはみ出た足を遊ばせている悟は相変わらずだ。私の変化に気づいているのかは、これだけでは分からない。長い睫毛も整った顔立ちも、崩れて欲しくはないと願うのに、私がこれから悟に告げようとしている言葉は悟を傷つけることしかできない。


「ごめんね」

何も知らず眠る悟の頬に手を添えた。暖かい、と思った。そのまま手を滑らせると、悟の唇に指が触れる。目が覚めて欲しいという思いと、覚めないで居て欲しいという思いが交差する。悟に嫌われたくないという思いと、嫌われてしまいたいという思いが渦巻く。



「なまえ?」
「悟、おかえり」
「なまえの様子が変だから予定切り上げて早く帰ってきちゃったよ」
「うん、ごめん」
「そこはありがとうがいいかな」


悟の目が開いて、綺麗な瞳に汚い私が映る。見ないで欲しい。悟に触れていた手は、隠すように後ろに回してしまった。悟の目に、自分がどう映ってるかなんか考えたくなかった。


「なまえ、こっちおいで?」
「悟、あのね、私ね」
「いいからおいで?ぎゅってさせてよ。急いで帰ってきたご褒美」
「……うん」


感情がこんがらがりながらも、拡げられた悟の腕の中に収まった。心地いいなんて思っちゃいけないのに、悟の匂いも悟の体温も心地よかった。私は、どんな顔して、これから恵くんに会えばいいの?