甚爾さんの息子が入学してきた。
担任は悟だった。そのことをこの前飲んだ時には知っていたのに黙っていたところが悟らしい。次の飲み会で一発殴るくらい許されるくらい憎らしい。

伏黒恵は伏黒甚爾に少しだけ似ていると思った。耳障りのいい声が一番似ていると思った。後ろから声を掛けられると、甚爾さんに名前を呼ばれているのではと勘違いするほどだった。胸の奥に鍵をかけて二度と開けまいと思っていた思いが蘇りそうになる。

近づいてはダメだと思った。

だから、一方的に避け続けた。その声に名前を呼ばれるのが怖かった。その黒髪に隠れた漆黒の瞳にとらえられるのが怖かった。それと同時に、甚爾さんはそんな風に私を呼ばないと悲しくなった。そんな風に時間に正確じゃないと思った。


「なまえ」
「うわ、」
「その反応はひどくない?」
「悟にどう思われようとどうでもいいからな」
「恵に指導してやって欲しいんだけど」


当然のことだった。私も恵も式神使い。いつまでも避け続けることは出来ない。私に選択権を与えるくらいの気持ちが悟にはあったのだろう。その優しさが残酷であり、私が断らないことを念頭に入れているのが目に見えてやっぱり憎らしかった。


「…サディストめ」
「誉め言葉って受け取っとくよ」
「最低」
「だから聞いたじゃん、大丈夫って」


そう、悟は事前にいくつも伏線を貼っていた。
甚爾さんの息子に会いに行ったから始まって、面倒を見ることになった、禪院家に渡したくない、あいつは才能がある、と悟は私に逐一報告してきた。禪院家の血筋、それを知らない私ではなかった。撮った写メ見る?と言われても断り続けた。私の中の甚爾さんは甚爾さんでしかない。一度も子供がいるなんて話は聞いたことがなかったから、本当かどうか訝しかった。といっても、私が甚爾さんから聞いた話と言えば、スロで勝ったとか万馬券が当たったとかそんな他愛のない、意味もない話ばかりだった。


「ねぇ悟、今日飲みに行こうよ」
「たまには二人もいいかもね」

アイマスクを下げた悟のビー玉みたいな目が私を見る。そうだね、進まなきゃいけないし、何もしなくても時間は過ぎていく。私ももうそろそろ甚爾さんを置いて進まなきゃいけないのかもしれない。贖罪を背負うと決めたのだから。


桜と共に散るものはなにか





「伏黒恵くんだよね、なまえです。改めてよろしく」
「あ、よろしくお願いします」


待ち合わせは演習場。使える式神と術式は悟からあらかじめ聞いていたので知っている。なるべく会話を重ねたくはないので、すぐに実戦に入る。基本事項は教えた、の悟の言葉通り、彼は調伏した式神を器用に操っていた。私が教えることなんかないんじゃないかってくらい器用に。


「式神使いは術師自体が狙われることが多いから、接近戦鍛えたほうがいいよ」
「それ五条先生も言ってました」
「それならもう私がおしえることないじゃん。終了〜」
「え、あ、あの」
「なに?」
「呪具とかって使ったほうがいいんですかね」
「……どうかな、人によるんじゃない」

やめてよ、と言いたくなった。

伏黒恵と初めて対峙して私は嫌というほど思い知らされた。遺伝子の強さを。伏せがちなその瞳も、キスをする時ぶつかるその形のいい鼻も、ごつごつした指も、歩きかたすらそっくりだ。甚爾さんが15,6の頃を容易に想像できる。そこに更に呪具使うなんて、どこまで甚爾さんに寄せるつもりよ。


「なまえさんは使わないんですか?」
「私は使わないよ。両手空けておきたいから」

嘘だけど、嘘じゃなかった。呪具を持っている。悟が私に形見としてくれた、甚爾さんの使っていた呪具がある。それを使えるようになりたくて練習した。けど、実践で使ったことはない。壊れてしまうのが怖かったからだ。その呪具まで壊れてしまったら、私の中の甚爾さんまで壊れてしまいそうだったから。


「君はまず、式神をもっと使いこなせるようになったほうがいいよ」
「はい」
「あとは2対1とか複数を相手にする練習したりとか」
「なるほど」
「やっぱり悟に教わったほうがいいんじゃない?」
「いや、あの人結構適当なんで助かります」
「私もそんなに真面目な人間ではないけどね」


ようやく満開になった山桜が風に揺られて花を散らす。あぁ、そういえば甚爾さんと出会ったのもこんな季節だったなと思い出が蘇った。甚爾さんがもし生きていたらなんて、ありもしないことを考えてすぐに止めた。もう私は恋に夢見る乙女ではないから。