伏黒恵は、伏黒甚爾に似ずとても出来た子だった。
見た目こそ似てはいたが、その性格は穏やかで誰かに甘えることもせず、自立した人間だった。悪人を救わないその主義から100%善人であるとは言えない、ほんの少しのとっかかりが人間らしさを際立たせていた。伏黒恵は甚爾さんではない。そう実感するほどには。


「指導辞めたい?何言ってんだよ教師だろ」
「なら教師やめる」
「うわうっざ」
「悟にはわかんないよ、私の辛さなんて」
「……分かるよ、ばーか」


二人ぼっちのバーのカウンター席で、私はテーブルに腕を突っ伏していた。悟は長い脚を投げ出し、シンデレラを飲んでいる。甘ったるい、恋する乙女みたいな味がする、シンデレラを。先ほどから感じる視線は少し離れた席から送られているものだ。これは悟と居る時の恒例行事。硝子が居る時には、これに「どっちが彼女かな?」という好奇な目が追加されるからまだマシなほうだ。


「だって私の上位互換じゃん。私は式紙使わなきゃ式神呼び出せないし」
「経験値が違うだろ」
「悟にそれ言われるとクッソ腹立つ」
「甘えんなよ」
「甘えるよ、私が甘えられるのアンタと硝子と傑の前でだけだもん」


ステムを握った悟がグラスを傾ける。空っぽになったグラスをテーブルに戻して、「チェック」の言葉を口にする。動けない私は、悟が動く様子を眺めていた。動作も美しいなと悔しいながら思う。神様は悟にたくさんのものを与えたけど、たくさんのものを奪っていった。いつか悟が全ての事柄から解放される日がくればいいのに、と願わずに居られなかった。

私を探す旅に出る



結局、家まで私を送ってくれた悟は「家に帰るのめんどくさい」と言って私の家に泊まった。シングルベッドは悟には小さくて足がはみ出していたけど、文句言いながらも二人より添って眠った。まだ肌寒い春先は、夜もまた肌寒い。二人で布団を引っ張りあったけど、気づけばくっついて眠っていた。


「あったまいたい」
「そりゃテキーラショットであんだけ呑んだらそうなるでしょ」
「止めてよ」
「なまえの限界なんて知るかよ」
「マジで休みたい〜」


寝起きは最悪だった。ガブガブ水を飲んでも、シャワーを浴びても気だるさは取れず、これが世にいう二日酔いなんだと分かっても、対処のしようがない。あとで硝子に薬貰いに行こうと決めて、悟と家を出た。

高専に着いてすぐ、硝子に薬を貰いに行った。二日酔いの薬を貰いに行ったのに「次は私とショット対決しような」と言ってくるから、「半年後くらいにお願いします」とだけ返事をした。15分ほどで効くの言葉通り、硝子と話している間に、頭の痛みと気だるさはきれいさっぱり消えた。さすが硝子と思いながら、「今度お礼する」と言って、医務室を後にした。


「なまえ、硝子んとこの帰り?」
「そうそう、悟は?」
「それがさ、真希に昨日と同じ服!不潔!って言われちゃってさ」
「女子はするどいね」
「もうなまえの家に服置いといてよ」
「やだよ」
「ベッドも大きくしてよ」
「なんでだよ」
「女子に嫌われちゃう」
「服はまだしもベッドは関係ないね」


医務室帰りの道すがら、悟に会った。これから体術の授業でグラウンドに向かうという。元気になったはなったが、やっぱり昼間の悟のテンションはしんどい。ウザがらみっていうんだっけか、こういうの。自販機の前について、オレンジジュースを購入した。普段ならコーヒー一択なのだが、今日は硝子に禁止されてしまったので仕方なく。


「行かなくていいの?」
「僕の生徒は優秀だからね、僕が居なくてもそれなりにやってるよ」
「そうでもないらしいよ」

ベンチに座って悟を追い払おうとしていると、タイミングよく向こうからツンツン頭が歩いてくるのが見えた。悟を見つけて、こちらに駆けよってくる。若いなと思いながらその姿を目で追いかけた。


「五条先生、もう全員揃ってますよ」
「うんうん」
「悟、とっとと行け」
「え〜どうしよっかな」


相変わらず悟は体たらくだ。人をおちょくって楽しんでいるところは、学生時代となんら変わらない。悟が移動しないのを私のせいにされては困ると、立ち上がり立ち去ろうとすると、背後から恐ろしい呪いの言葉が聞こえた。


「恵、今日もなまえが特訓付き合ってくれるって」
「そんなこと言ってない」
「つきあってあげなよ」
「めんどくさい」
「じゃあ特訓無しでいいから新しいベッド買って」
「話をごっちゃにしないでよ」

いつまでも新しいベッドにこだわる悟を諭していると、いつの間にか伏黒恵は居なくなっていた。悟に「いつからいなかった?」と聞いても首を振るばかり。呆れさせてしまったかな。呆れて嫌ってもう私に関わらないでくれればいいのに。