少し強い風がガサガサと音を立てて木の葉を揺らす。ベンチの下で伏黒くんが来るのを待ちながら、ぼんやりとする時間がすごく心地よかった。お昼ご飯は空き時間に街まで出て買ってきたサンドウィッチの詰め合わせ。伏黒くんがどのくらい食べるのか分からなかったから、同じ年の頃に悟や傑が食べていたのと同じ量を買ってきた。

コツン、コツン、と近づいてくる足音が聞こえてきて顔を上げる。さっきまでどこかぼんやりとした意識だったのに、視界に入った人物を見て一瞬で頭が覚醒した。


「…悟」
「なになに?今日は外で昼食べるの?」
「あ、うん。天気いいし」
「そんなに一人で食べるの?もしかして僕の分?」


飄々とした姿勢で遠慮なく私の隣に腰掛ける悟。足を組んで、組んだ足の上に肘をつき傾げた顔をこちらに向ける。自分の顔がいいことを自覚しているんだろうな。悟が図々しいのは昔からだ。それにイラついて来たし、救われても来た。けど、今日はちょっと本気で察して欲しい。


「伏黒くんとご飯食べるの。悟の分はないよ」
「恵と?そんなに仲良くなったの?」
「そりゃあ同じ式神使いだしね」
「ふーん」
「なによ」
「あいつに似てた?」
「……全然違うよ」


そこまで言ったところで、自分が口にした言葉を後悔した。悟はこう見えて意外とするどい。私の言葉に何かを感じ取ったかもしれない。伺うように悟と見れば、なぜか目隠しを外していて吸い込まれそうな青がそこにあった。透き通る青。


「なんで目隠し外してんの?」
「それはね、なまえを食べちゃうためだよ」

気付いた時には背中に手を添えられて、唇と唇が重なっていた。拒む時間なんか与えられなかった。それどころか、唇を舌でこじ開けられて舌先が口の中に入り込んでくる。ざらりとした感触が唇の内側を舐められた。悟への肩を押し返すけど、逃れられない。その快楽から、そして、悟から。力が入らなくなってきて腕から力が抜けてだらしなく腕がぶら下がる。ようやく解放された唇からは名残惜しそうに二人を繋ぐ糸が残った。



水鏡の中で揺れる




「…五条先生」
「なーんだ恵居たの」
「居たの気づいてましたよね」
「どうかなぁ」


二人とも穏やかな表情をしているのに、空気はぴりぴりとしている。一触即発ってこんな空気を言うのだと思う。持っていた紙袋が力を込めた手のひらのせいでくしゃっと音を立てた。二人の言いたいことは分かる。優柔不断なままの私がすべて悪い。どちらにもいい顔をして、どちらも裏切っている。


「まぁいいや、伊地知が困るから僕はもう行くね」
「余裕なんですね」
「そう見えるならそう思ってなよ」

伏黒くんの顔が明らかな不快を示す。悟は表情を変えない。これが大人と学生の差。余裕を顔に浮かべたまま悟がひらひらと手を振って「伊地知が待ってるから僕はもう行くね」と背中を見せる。今朝とまるっきり逆だ。同じ場所に立っているのに、違う場所を向いている。取り残された私と伏黒くんは、お互い顔を見合わせた。「とりあえず座る?」とベンチを指さす。


「なまえさん」
「なに?」

あ、キスされる。と考える時間を与えた後、伏黒くんの唇が私の唇とくっついた。下唇を吸われて、ちゅ、とリップ音を立てて離れる。もう終わり?と思っていると今度は上唇を吸われて、またリップ音を立てて離れる。優しい唇。愛しいを告げる唇だった。少しだけ開いていた唇の隙間からぬるりと舌が入り込む。味わうように口の中を伏黒くんの舌が這いまわる。気持ちいい。心地いい。まるでぬるま湯みたいに。


「……ちょっとすっきりしました」

ようやく唇が解放されると、ホッとしたような表情で伏黒くんが呟いた。少しだけ照れくさそうな伏黒くんは、私の顔を見てくれない。可愛くて愛おしい。伏黒くんの愛に泣きそうになった。誰か見ているかもしれない、そんなことも考えられないくらいに頭の中が伏黒くんでいっぱいになって、その体に抱き着いた。伏黒くんはすっきりとしたミントの匂いがした。


「なまえさん、」
「なーに」
「あの、あんまりくっつかれるとヤバいです」
「えーなにが?」
「この場で押し倒したくなります」
「ご、ごめんね」


咄嗟に距離を取ろうとする私の身体を、伏黒くんの腕が捉えた。手首を掴まれて、肩に頭がくっつく。「でも離れて欲しくはないです」と言う。誰も見てませんようにと祈って、「私も同じ気持ちです」と返事を返した。