「甚爾さん、遅い!」
「お前が早いんだよ」
「だって、早く会いたかったんだもん」
「こんなおっさんにか?」
「おっさんじゃないよ!甚爾さん!」
「お前絶対算数できねぇだろ」


待ち合わせをすると甚爾さんはいつも遅れてやってくる。最初は駅前で待ち合わせをしていたんだけど、私がナンパされているのを目撃した次から待ち合わせはカフェになった。それなら待ち合わせに遅れないで来てくれればいいのに。そう思ったのを強く覚えている。

禅院甚爾は自由な男だった。

何かに囚われることを嫌い、言葉ですら縛られることを嫌がった。きっと今の私を見たら「またごちゃごちゃいらねぇこと考えてんな」って言って笑うのだろう。携帯のメモリーもほんの数人。他人に影響されることなんてきっと何もなかった。そんな甚爾さんが好きだった。あれは恋じゃない、愛だった。

それがいつまでも消えなかったのは、私の後悔の念が強かったせいなのだろうか。あぁすればよかった、こうすればよかった。そんなことはいくつも思い浮かぶのに、出会わなきゃよかったなんてことは絶対に言えなかった。だから、私の後悔はいつもどうして一緒に死ねなかったのかってところに着地するんだ。

ただ、ただ、ずっと傍に置いておいて欲しかったの。


近墨必緇、近朱必赤




午後からの任務は七海とだった。
接近戦を得意とする七海、遠距離や偵察を得意とする私が組むことは珍しくはない。むしろ、悟が行けない重要任務の際には七海と私がセットで派遣されることが多かった。猪野くんより私が重宝されるのは式神と降霊の種類によるものだと思う。後から猪野くんに「また七海さんと任務行ったんすか」と詰め寄られるのはもう慣れたものだ。



「その後どうですか」
「どうって?」
「とぼけないでください。五条さんとのことですよ」

あぁ、七海は七海なりに心配してくれているんだ、と思った。これから任務でそれなりの呪霊を相手にするというのに呑気なものだな、と思ったけど、それなりに心配をしてくれていたのだろう。「七海が心配するようなことはないよ」とだけ答えた。私と悟がどうこうなろうと、悟はそれを表には出さないだろう。それは傑が居なくなったという前例があるから、断言できる。だから、誰かに感付かれるとしたらその原因は私だ。私なのだ。



「なんでそんなこと聞くの?」
「知ってるからですよ、なまえさんがどん底に居たときのこと」
「そっか…」


二の句が継げなかった。もし甚爾さんと私がキチンと順序だてて別れていたのなら、こんな風に誰かに心配されることも気遣われることもなかったのだかろうか。硝子はさておき、七海にまでここまで言われるとは思ってなかったので、顔面に苦笑を張り付けるのが精いっぱいだった。



「まぁ、朱に交われば赤くなるって言いますから、一緒に居て好きになるってこともあるんでしょうね」
「そうだね」
「余計なお世話、失礼しました」

そう言って、七海はサングラスの位置を直す。本当に余計なことを言ったと思っているんだろう。今の私にはその優しさがありがたい。自分の感情だけで動いてしまいそうだったから、客観的に見てくれている人の意見は貴重だから。


朱に交われば赤くなる、そうか、そうだな。
悟と一緒に居て、苦に思うことは何もない。むしろ楽ですらある。逆に伏黒くんについては逆が言える。絵具に一滴の黒を垂らせば、その絵具は黒を帯びる。私は自分の感情を優先してまた間違いを犯すところだった。

私は罪人なのだ。

しかもその罪を償っていない。私に出来る唯一のこと、それは私と同じ間違いを犯す人間を作らないことだ。そう考えたら、綺麗に答えが導かれた。私は伏黒くんの側に居るべきではない、ということが。