「なまえ、帰るよ」

4人(一人はノンアルだけど)で飲み続け、23時を過ぎたころ、そろそろお開きにしようかと七海が口にした。ハイペースで飲んでいたなまえはまた眠気に襲われてうつらうつらと頭を揺らしていた。


「今日は硝子と帰る〜」
「たまにはそれもいいな」
「やったぁ!硝子好き〜〜」
「硝子、今日は遠慮してよ」
「なまえが私がいいって言ってるんだがな」


それでも今日は引き下がるわけにはいかない。さっき告げたプロポーズの答えと言う名の言質が欲しかった。例えなまえが酔っていようと。それが卑怯と呼ばれようと。今、手を離したら、もうきっとなまえは僕の元には戻ってこない。そう思った。傑みたいに、戻ってこないと思った。


「なまえ、仕事が残っているのを思い出した。今日は五条と帰れ」
「………うん、わかった」


話がまとまったところで、七海がまず席を立った。タクシーを止めてくれるらしい。さすが七海、気遣い方が大人だな。となまえを支えて立ち上がる。硝子がなまえの荷物を持ってくれた。

外へ出て、七海が止めておいてくれたタクシーに乗り込む。「ごめん、お先に」と挨拶をして、二人と別れた。


「なまえ、大丈夫?」
「だいじょーぶ!眠いだけ!」
「そっか。着いたら起きてね」
「えー悟が運んでよ」
「僕ひ弱だから無理」
「嘘つけ」
「あ、そこのコンビニの前で停めてください」


こうやっていつまでも二人でふざけあっていられたらいいのに、そう願うけど、僕はなまえとその先の未来が見たい。なまえに自分だけを見て欲しい。なまえに僕を好きになって欲しい。もっと、もっと、と心が叫ぶ。全部、自分勝手な独りよがりだって知ってるのに。



弱者にも未来を




「あーすっきりした!」

家に着いて、ポイポイと服を脱ぎ捨てたなまえはそのままバスルームへと消えた。なんで僕がここまでしてあげているんだろう?と思いつつ、なまえ用の着替えを用意した。しばらくして、その服に袖を通したなまえが僕のいるリビングへと戻ってきた。言葉通りすっきりした表情で。


「なまえ、ここ座って?」
「んーなに?」

まだ酒が残っているのか、なまえからは少し幼い雰囲気が漂っていた。僕がポンポンと叩いた場所に、正座してまた「なぁに?」と首を傾げる。いつもならこのまま押し倒すところだけど、今日は僕にもなまえの心の中をのぞかせて欲しいから、だから、「さっきの話だけど」と真剣な顔で言葉を零した。


「さっきのはなし?」
「僕がなまえを幸せにするってヤツ」
「あ、……うん」
「答え、今、聞かせて欲しい」

さっきまでの表情とは一変。顔に陰りを浮かばせたなまえは、もう僕の顔を見てくれない。足を崩して、僕の横に並んで座ったなまえは、「私には幸せになる権利はないよ」と呟いた。


「なまえ、勘違いしてない?」
「してないよ」
「なまえが罪だと思ってることって、僕にも当てはまるって分かってる?」
「悟はなにも悪いことしてないじゃない」
「何言ってんの。天内を守れなかったのは僕。傑と伏黒甚爾を殺したのも僕」
「だからそれは私が甚爾さんに情報を流してたから」
「それは結果論だよ。なまえが渡した情報を伏黒甚爾が利用した証拠はどこにもない」
「……でも、」
「自分だけが罪人だとでも思ってる?思い上がんなよ」


なまえに言葉を投げつけながら、僕がもし呪言師だったなら、と考えてしまう。そうしたら、なまえが思い悩んでいる過去を全部忘れさせてあげられるのに。『最強』だって僕は無力だ。たった一人の愛しい人すら救えない。たった一人の友人すら救えなかった。


「悟、泣いてるの?」

なまえの手のひらが僕の頬に触れる。「ごめんね」と言って僕を抱きしめる。冷たい身体になまえの体温が移ってくる。


「私が悟を幸せにしてあげる」
「なまえ、」
「だから悟も私を幸せにして」
「幸せにしてやるよ!」


今度は僕がなまえを抱きしめる番だった。僕の歩く道は、今までもこれからもなまえと共にあり続ける。これはもう独りよがりじゃない。そう思っていいよね?