6月に入った。
今年の梅雨は雨がいつもより多いらしい。鬱々とした気分を伴いながらも、私と悟は任務に追われる日々を過ごし、伏黒くんは二年と共同演習をするようになり、私と伏黒くんが二人になることはおろか顔を合わせることもなくなった。

これでよかった。そう思える日々を過ごしていた。
感情に波風の立たない日々は穏やかで安定していたし、私の隣にはいつも悟が居てくれた。この生活が、いつまでも長く続く。続けたい。それがいつしか私の願いに変わっていた。


星に願いを、月に祈りを




6月某日、夜。
悟から一通の写メが届いた。メッセージもスタンプも何もない。ただ一枚、頭から血を流してボロボロの伏黒くんの写メだけが。
意味が分からず悟へ電話を掛けるもコール音が鳴るばかりで繋がらない。咄嗟に頭の中に浮かんだのは、『悟に何かあったんじゃないのか?』ということ。送信者が悟ではないかもしれない。悟からは任務で宮城に行くとしか聞いていなかった。どんな任務なのか、どの程度の任務なのか、きちんと聞いておけばよかった。


悟に電話が繋がらないのなら、と、伊地知さんに連絡を入れた。が、今回は伊地知さんが帯同しているわけではないらしい。ただ、今回の任務は『特級呪物の回収』ということは教えて貰った。だから、と言って悟が任務で失態を犯すということはない。


頭の中に浮かんだ仮説の答え合わせをするために、再び悟へ電話を掛けた。ワンコール、ツーコールして、「もしもし?」といつも通りの悟の声がした。その瞬間、疑問は確信へと変わった。


「さっきの写メなに?」
「なにってそのまんまの意味だよ」
「あのね、悟」
「うん」
「私のこともう試さなくていいよ」


私の投げかけた言葉に返ってきたのは沈黙だった。
きっと、私が悟が思っている以上に悟のことが好きなことを悟は知らない。好きなんて言葉を毎日投げかけるのは今更照れくさくてできないし、若い子みたいに溢れ出しそうな好きをハグやキスで表現することも出来ない。さながら熟年夫婦みたいな関係だった。それでいいとは思っていなかったけど、悟がこうして私を試すようなことをするほど思い詰めているだなんてことは、知らなかった。だから、ちょっと落ち込んだ。


「なまえ、」
「言ったよね。私が悟のこと幸せにするって」
「…うん」
「だから信じて。私のこと」

信じていて貰えなかったことがショックで少し強い口調になってしまった。悟はまた無言を重ねる。言葉のセレクトを間違ってしまったと思って、「ごめん」と声を掛けようとしたところで電話の向こうの悟が言葉を口にする。


「なまえ、好きだよ」
「知ってる」
「だよね〜」
「私も好きだよ」
「初めて聞いた」
「初めてではないでしょ?」
「初めてだよ」
「そうだっけ」
「そうだよ」
「じゃあこれからは言うようにする」
「僕も毎日言う」
「毎日はいらない、かな?」
「僕は毎日なまえに好きって言って欲しいよ」
「1週間、いや、1か月に一回はダメ?」
「ダメ。足りない」

電話の向こうの悟がスン、と鼻を鳴らした。言葉一つで悟は、こんなに喜んでくれるんだって嬉しくなって、また「好きだよ」と愛を吐き出した。すると、「ずるい」と悟は言い放った。「隣に居ないのにそんなに好きって言われても抱きしめられない」と。


「いつ帰ってくるの?」
「うーん、明日、明後日になるかも」
「朝一でそっちに会いに行ってもいい?」
「抱きしめられないって言った後にそんなこと言われたら僕だって期待しちゃうよ?」
「していいよ」


なんの躊躇いも、戸惑いもなく、口から言葉が零れ落ちた。少しの時間をおいて、悟が「待ってる」と声を躍らせた。悟の嬉しそうな声に私の心も踊る。甚爾さんの時のただがむしゃらな恋とは違う、けれどこれも恋だと思う。一緒に居て、一緒に育む。そんな恋もあるのだと、証明したい。悟と二人で。