窓の外からポツポツと雨音が聞こえる。
カーテンを開けて外を見れば、案の定な天気。そういえば、久しぶりに甚爾さんの夢を見た。あの日もこんな風に雨が降っていた。甚爾さんと出会った、あの日も。

あの日は、目の前で初めて一般人が死んだ。私は歩いて帰りたいと任務の帰りに降ろして貰った新宿駅を宛もなく歩いていた。急に降り出した雨に人々は屋根を求めて彷徨っていた。そんな中、私と甚爾さんだけは雨など気にせず、焦ることはなかった。濡れることなど焦るようなことでもない、と。甚爾さんとの距離が一番近づいたとき、胸のボタンを人差し指で押されて「それ、高専の制服だろ」と言われた。


「呪術師のかたですか?」
「いや、俺には呪力はねぇよ」
「じゃあなんですか」
「可愛いなぁと思ってさ」


不信感しか感じない甚爾さんは、最高に不審者だった。耳障りな声が、次いで「名前なんて言うの?」と形づいていく。その間も、絶えず雨は降り続いていた。逃げるべきなのだろうけれど、甚爾さんはそんな隙を与えてはくれなかった。


「死にてぇって気持ちが全面に出てるぞ、呪術師」
「なに言って」
「目の前で人でも死んだか?守れなかったとか悔いてんのか?」
「……どうして知ってるんですか」
「図星か」


甚爾さんは強引に私の手を掴んだかと思うと、ズンズンと歩き始めた。もうその頃には抵抗する気なんか微塵もなくなっていて、自分を引っ張って行ってくれる手に離されないように必死だったことだけ覚えている。

連れていかれたのは甚爾さんの知り合いの店。服とタオルと傘を借りてくれた。「そういう沈んだ気分の時は大人に甘えればいいんだよ」と、優しくされた。ついでに、「服は洗って返せ」と連絡先も交換した。

あの日、あの時、あの場所に居なければ、と思うのはもう今更の話だろう。私は伏黒甚爾に出会って、利用されて、捨てられたのだから。走馬灯のように一瞬にして蘇った記憶は、自分の中では未だキラキラした宝物だった。また色あせないように蓋をして、窓の外から視線を逸らした。


あげられるのは苦しみばかり




雨が降っていたので、今日は室内での個人訓練になった。
例のごとく、パンダと棘は任務、真希は呪具使いとの特訓ということで、伏黒くんの相手は私にお鉢が回ってきた。授業開始前に、昨日のことを詫びた。あまり気にしていない様子の伏黒くんはサラっと私の謝罪を流した。


「もう謝罪はいいです、怪我ももう治ってますし」
「うん、」
「それより、先生はどんなタイプが好きなんですか」
「唐突だね」
「世間話くらいいいでしょ」
「友達少ないでしょ、伏黒くん」
「それ関係ありますか」


謝罪なんてもういらいないと言った伏黒くんは、靴の紐を結びなおしながらそんな言葉を口にした。教師として、生徒に聞かれたことは答えるをモットーにしてはいるが、これは答える義務もないとはぐらかそうとしたが、伏黒くんは引かなかった。


「で、どんな人がタイプなんですか」
「好きなタイプね、私のことを大切にしてくれる人かな」
「へぇ」
「聞いといて、その反応?」
「忘れられない人がいるってわりに、案外普通だなと思って」
「普通だよ」
「けど、俺にも望みがあるって分かったんでオッケーです」


意味深な言葉を残して、伏黒くんは演習場の真ん中へと向かう。この特訓はいつまで続くんだろうと思いながらも、私も重い腰を上げた。辞めたい気持ちが8割、残りの2割は甚爾さんの息子がどういう成長をするのかを見届けたい。

教師という立場である以上、こちらからこの特訓を終わらせることは出来ない。伏黒くんが私に呆れてくれない限り、私は残り2割の気持ちと向き合っていかなければいけない。さぁ、今日も楽しい時間のはじまりだ。