ムスカリの決意

「七海先輩はソバよりうどんのほうが好きだと思うよ」

当直用の部屋で夜ご飯の相談をしている後輩たちに向けて、アドバイスを口にした。呪術師に年末年始など関係ない。呪霊にはそんなことは関係ないのだから。大晦日をここで過ごすのはもう何年目になるだろう。妻帯者や家柄のいいものから順に、当直から逃れていき、最後に残るのはいつも独身で恋人のいない七海先輩と私だった。七海先輩は特別手当てがつくから、という理由で、私は七海先輩がやるならという理由でこうして毎年年の瀬を過ごしていた。


「またなまえさんと一緒ですね」
「七海先輩あるところになまえありですからね」
「あなたのそういうところお兄さんによく似ています」


七海先輩は、私の兄と同期だった。過去形なのは、兄は七海さんと一緒に赴いた任務で死んでしまったからだ。兄は生前、私に高専には来るなと強く言っていた。けれど、そんな兄が死んでしまって、私は自分自身を守る術を手に入れるために高専へ来た。
私を初めて見た七海先輩は、驚きもせず「やめておけばいいものを」とあきれた声を出した。けれど、一番私を鍛えてくれたのも七海先輩だった。初めての任務も七海先輩、私を一級に推薦してくれたのも七海先輩、全部、七海先輩が私の隣に居た。


「七海先輩は毎年海老天の乗った天ぷらうどんですもんね!」
「それはあなたが蕎麦アレルギーで海老が一つじゃ足りないと言うからでしょう?」
「違いますよ〜七海先輩も絶対うどん派ですって」
「私は別にどちらでもいいです。胃に納まれば」
「私はお米がいいなぁ〜」
「私はパン派なので気が合いませんね」
「……七海先輩の意地悪」


意地悪なことを言いつつも、一緒に当直を担当する後輩に「海老天が乗っているうどんを二つお願いします」と伝える七海先輩はやっぱり優しい。あとでコーヒーと栄養ドリンク差し入れしよう。

そんな穏やかな時間を過ごしていると、「お疲れサマンサー!」と言って当直室の扉が開いた。このふざけた挨拶は五条先輩だな、と咄嗟に七海先輩を見る。心底嫌そうな顔をしている。笑えるくらいに。


「あ、なまえいたいた。任務だって」
「はい!すぐに出れます」
「まったく年末年始なんだから少しくらい休ませてくれればいいものを」

私が立ち上がると同時に七海先輩も立ち上がる。すると、五条先輩が「あ、七海とじゃなくて僕とだから」と言って、七海先輩を再び座らせた。ニヤニヤ顔の五条先輩との表情の対比がおもしろい。


「珍しいですね、私と五条先輩だなんて」
「浮気みたいだね」
「私彼氏居ませんよ?」
「え、まだ付き合ってないの?七海となまえ」
「付き合ってはいませんが、あなたに差し上げる気はないです」


五条先輩に付き合っていると誤解されていたことにテンパっているところへ、思わぬ爆弾が落とされて頭が回らなくなった。どういうことか誰か説明してほしいと後輩たちに目をやる。しかし、突如現れた五条悟に困惑するばかりで、まるで意味をなさなかった。


「任務なら仕方ないですが」
「任務終わっても連れまわしちゃおうかな」
「何故ですか?」
「七海への嫌がらせ?」


両手を顔の横に置いた五条先輩が、きゅるん音が出そうなぶりっこ顔をした。呆れたようにため息を吐いた七海先輩は「天ぷらうどん一緒に食べるんでしょう?」と言って、私の手を握る。これはいつも以上に張り切らなきゃいけないって気持ちにさせられてしまった。


「それじゃあなまえ借りてくね〜」
「七海先輩、本当、すぐに戻ってくるので、さっきの言葉の意図教えてくださいね!」

その時は、私もう「七海健人の恋人です」って名乗ってもいいですよね?